意外と知らない日本における薬の歴史。縄文時代からすでに薬草が使われていた? (2/3ページ)

Japaaan

乾燥させて生薬に

また、歴史書「古事記」のなかには、稲羽の白兎の負傷に対して蒲黄(ガマの花粉)を用いたということが書かれています。しかし、この当時は加持祈祷が病気治療の主な方法でした。

飛鳥・奈良・平安時代における薬

大和時代ごろから、大陸から治療法と薬物が日本にもたらされました。また、459年には、百済の意志が来日し、難波の薬師の始まりとなりました。

飛鳥・奈良・平安時代になると、遣唐使・遣隋使の派遣によって、他の様々な文化とともに、医学の知識もさらにもたらされました。さらに、来日した鑑真は薬にも詳しく、鼻で薬をかぎ分けることができたそうです。

また彼は、聖武天皇の夫人・光明皇太后の病気を治したとも言われています。平安時代には、東市に「薬廛(やくてん)」と呼ばれる薬を商う場所がありました。ここでは、国産の薬草に加えて、宗やインドから輸入されたものもありました。

安土桃山時代、織田信長の薬草園

安土桃山時代には、キリスト教の伝来とともに、南蛮外科という切り傷などの外傷を直す方法が日本にもたらされました。

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