地獄太夫の再来!?明治時代に実在した遊女“幻太夫”の凄まじい成り上がり精神【下】 (5/6ページ)
月岡芳年と幻太夫の間に何らかのトラブルがあり、月岡芳年は突然松葉楼へは通わなくなります。
また『東京名所図』シリーズにより人気浮世絵師となった“小林清親”も幻太夫のもとを訪れています。
小林清親の錦絵が良く売れたお礼として、版元の大黒屋・松平平吉に祝の席を設けてもらいました。両国の料亭で御馳走になった後、根津の遊郭に繰り出すことになるのです。
以下に小林清親の談を引用します。
「或る部屋へ連れ込まれ、成る程驚いた、それがまぼろしの部屋でありました。・・・・・部屋には仏壇あり、仏像あり、襖の張付けは例の蓮の花で其身は
切下げ髪に輪袈裟というふ巫山戯(ふざけ)た行粧で勤めをして居たのです。此部屋で再び大いに飲み上げたが、大平が頻りに画家扱ひにするので、ついに裲襠を
描いてやる約束が成り立ち、後日白無垢へ墨絵で描いたのは羅漢の像で世間で骸骨を描いた様にいふのは誤伝であります」 (『浮世絵師』第16号)。
小林清親は幻太夫の肖像も描いたという話も残っています。
また幻太夫は、松葉楼を訪れたある財閥の大物を、これは上客だと目をつけ自分の客にしようとあれこれ画策したという噂もあります。
挙句の果てにはなんと小指を切って送りつけたというのです。遊女が自分の小指を切って相手に送るというのは“あなただけは私が本当に愛している人です”ということを伝える方法だったのです。
それでもその小指は受け取ってもらえなかったとか。しかし果たしてその小指も本物だったのかは分かりません。