日本で最初の探偵・岩井三郎が挑んだ大正時代の収賄事件「シーメンス事件」の真相【前編】 (2/2ページ)
担当していた事件の容疑者を追いかけて日本中を飛び回っていた三郎でしたが、容疑者が北海道に逃げ込んでしまったことで、捜査が強制的に中止となってしまいます。
当時の北海道は、警察を含めた官公庁全てが独自に機能しており、本庁の警察官といえども手出しはできませんでした。
捜査の邪魔をされたことに憤慨した三郎が、権力に縛られず、自由に捜査をおこなえる私立探偵を志したことが、探偵として活躍するキッカケとなっています。
「シーメンス事件」
三郎が探偵となって解決へ導いた有名な事件の中に「シーメンス事件」というものがあります。
ドイツの兵器会社シーメンス社の贈賄事件をキッカケに、シーメンス社の代理店であった三井物産や三井物産を介していたイギリスのビッカース社の贈賄が次々に摘発されたた事件のことです。
この事件には、最後の輸入戦艦として知られる「金剛」の贈賄について、旧日本帝国海軍の癒着が暴かれ、当時の第一次山本内閣を総辞職まで追い込み、戦後最大の大事件と言われています。
今回は、日本最初の探偵「岩井三郎」の紹介と、三郎が探偵になったキッカケ、「シーメンス事件」の概要について紹介しました。
次回の後編では岩井三郎が「シーメンス事件」にどう立ち向かったのか紹介したいと思います。
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