言葉は自分だけでなく他人をも変え、それが社会を動かし未来も変える (3/3ページ)

心に残る家族葬

水に「ありがとう」などのきれいな言葉をかけたり紙に書いて見せると結晶が整い「ばかやろう」などの汚い言葉は結晶が崩れるという。はっきり言ってそんなはずはない。道徳と自然科学を混同してはならない。しかしきれいな言葉として「ありがとう」を選んだのは納得がいく。
最もきれいな言葉は感謝を表す言葉ではないか。それも何か物を買ってもらったとか、願いごとが叶ったから感謝するのではない。それは対価であり取引である(礼儀として正しい)。自分の意志で生まれたわけではない。自分ひとりの力で生きているわけではない。生きていることは生かされていること。その奇跡に感謝する心である。その「ありがとう」は唯識思想に従うなら阿頼耶識に熏じられ、親を否定し運命を呪う荒んだ人格になることを防ぐはずである。

また、先ほど「死ぬ」と言えば本当に死んでしまいそうで恐ろしくなると書いたが、絶望のあまり運命を呪い世を人を呪う言葉を発していればますます自分を追い込むことになる。笑うことでガン細胞が消えたという話があるが、笑いの現場には様々な楽しく明るい言葉が交わされていることだろう。いざその時を迎えても、周囲の人がいるなら「死にたくない」「死なないで」ではなく「今までありがとう」「また会おうね」などと感謝の言葉、明るい言葉をかけ合うことができるなら理想である。その言葉は旅立つ人と見送る人の双方の阿頼耶識に熏習され心が浄められるからである。

■言葉で変わる未来

情報社会において言葉は善悪の吟味などされることなくたれ流されている。ネットなどを通じて悪意ある言葉ひとつで人の命を奪える時代である。たかが言葉ではない。言葉には霊が宿り、きれいな言葉も汚い言葉も、石に文字が刻まれるように心に刻まれる…と考えれば気軽に使えなくなるはずだ。言葉次第で自分も世界も変わる。我々は先哲の教えに従い、言葉についてより深く考えなくてはならない。

■参考資料

■葉室頼昭「<神道>のこころ」春秋社(1997)
■横山紘一「唯識の思想」講談社(2016)
■横山紘一「阿頼耶識の発見 よくわかる唯識入門」(2011)

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