正直者が馬鹿を見る…世の理不尽に、武士道バイブル『葉隠』はこう答える

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正直者が馬鹿を見る…世の理不尽に、武士道バイブル『葉隠』はこう答える

皆さん、勧善懲悪(かんぜんちょうあく)モノはお好きですか?

善を勧(すす)めて悪を懲(こ)らす……要するに「善いことをしなさい。悪いことをしたら懲らしめられますよ」というメッセージおよび、そうした教訓の込められた物語を指します。

善いことをしていた者には善い結果が、悪いことをしていた者には悪い結果がもたらされるストーリーは、昔話の「花咲かじいさん」「おむすびころりん」などでおなじみですね。

いじわる爺さん、捕まった。Wikipediaより

しかし、現実世界では必ずしもそうではなく、正直じいさんがひどい目に遭って終わったり、意地悪じいさんが大儲けして幸せに暮らしたりなど、なかなかやるせない結末も少なくありません。

「正直者が馬鹿を見る……こんな世の中でいいのか!」

そんな義憤は今も昔も変わらぬようで、やんごとなき方々から庶民たちに至るまで、そして武士らも感じていたようです。

この現実にどう向かい合うべきか……江戸時代の武士道バイブル『葉隠(はがくれ。葉隠聞書)』では、どんな答えを用意しているのでしょうか。

盛衰は天然の事なり。善悪は人の道なり……

九五 盛衰を以て、人の善悪は沙汰されぬ事なり。盛衰は天然の事なり。善悪は人の道なり。教訓のためには盛衰を以て云ふなり。

※『葉隠』巻第一より

【意訳】盛んになったり衰えたり、その結果をもってその人の善悪を判断することはできない。

なぜなら盛んになるも衰えるのも自然のことである一方、善悪は人間性の問題であって、両者に直接的な関係はないのだから。

でも、その現実を大っぴらに認めてしまうと、誰も善いことをしなくなってしまうかも知れないから「善いことには善い結果がついてくる」とセットで伝えることで善いことを勧めているのである。

……だから子供ならいざ知らず、せっかく善いことをしているのに、善い結果がついてこないなどと嘆くべきではない。とバッサリです。

そもそも奉公の善し悪しは主君が決めること(イメージ)

もちろん、善いことが影響して善い結果をもたらすこと(例えば、丁寧で親切なサービスがリピーターを増やし、業績もアップする等)もありますが、行為と結果が相関関係にないこと(例えば、どんな意地悪なヤツでもテストで100点をとれたり、徒競争で一番になれたり等)も少なくありません。

どうしても善いことの対価として善い結果を求めるのであれば、前述したように行動と結果の関係性が高い分野に注力すべきでしょう。

子供ではないのだから、善いことの努力はがむしゃらにするのではなく、然るべき方向性を定めて的確に行ってこそ、善い結果がついてくるのです。

終わりに

……とまぁこんな具合ですが、「善いことをしたのだから善い結果があるはずだ」と言うことは、逆に「善い結果が得られないなら、善いことはしない」と言うことになります。

何だか餌をねだるために芸をする犬みたいで、冷静に考えればちょっと恥ずかしい気もしてしまいます。

弱い者が困っておれば、損得抜きで助けてこそ武士というもの(イメージ)

大人たる者、自分が正しいと信じたのであれば(いくらかは世の中との折り合いをつけても)断じてこれを行うことが大切です。

憎まれっ子が世にはばかり、善人が若死にしてしまうような世の中ではありますが、目先の損得にとらわれることなく「お天道様は見てござる」と真面目に生きる者が増えていけば、少しずつでも世の中もよくなっていくことでしょう。

※参考文献:
古川哲史ら校訂『葉隠 上』岩波文庫、2011年1月

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