将軍と関係を持てば ”汚れ者 ” 扱い?大奥の「御中﨟(おちゅうろう)」という役職
江戸時代の大奥と言えば、女性たちが何人もいる華やかな場所、と思われると思います。しかし、そこはまぎれもない厳しい階級社会でした。
「御末(おすえ)」という最下級の女性から、「上臈(じょうろう)御年寄」という最高位の女性までいました。
そこで今回は、大奥のあらゆる階級のなかから、「御中﨟(おちゅうろう)」という立場について詳しくご紹介したいと思います。
こちらも合わせてどうぞ
御中﨟(おちゅうろう)とは?
御中﨟(おちゅうろう)は、江戸時代の大奥にあった役職のひとつで、8人の定員と決まっていました。仕事内容は、将軍または御台所のお世話をすることでした。
この役職には、女中たちのなかから、家柄や容姿のいい人物が、御年寄りなどの推薦で選ばれました。また、将軍の側室は将軍付き御中臈から選ばれました。
将軍が御台所付き御中﨟を好きになった場合は?将軍が御台所付き御中﨟を見初めてしまった場合はどうなるのでしょうか?将軍は御台所の了承を得たのち、献上されるという形を取っていました。
見初められた御台所付きの御中﨟はそれを拒否することもできましたが、拒否すると辞職せざるを得ませんでした。
お手付きとなった御中﨟は……お手付き(地位のある人、この場合は将軍が性質や側室でない女性と関係を持つこと)となった御中﨟は、表向きは御内証の方と呼ばれましたが、陰では「汚れた者」と呼ばれていたとされています。これは、女性たちの嫉妬の表れによる習慣だったと考えられています。
ちなみに、そうでない者は「お清の者」と呼ばれました。また、この「お清の者」は、将軍と御台所や側室が夜をともにする際、次の間にいてその一部始終を聞き、翌朝御年寄りに報告するという仕事もしていました。
これは、女性たちが将軍に夜のあいだに個人的な要求やおねだりをしないようにすることが目的でした。
かるた遊びにも気を使う?「お手付き」という言葉はかるた遊びでも使われますが、この言葉を使うと、「お手付き中﨟」に通じてしまうため、御台所の部屋でかるた遊びをする際は、「お手付き」という言葉ではなく「おまちがい」と言い直したと言われています。
楽しいかるた遊びの際にも、女性たちは気を使わなくてはいけなかったのですね。
いかがでしたか?この記事が、みなさんが少しでも歴史に興味を持つきっかけになれば嬉しいです。
日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan


