BTSのRMが投稿するやたちまち完売となった話題書がついに邦訳!身近な事物の「うしろ姿」を見つめ思考した、現代美術家による韓国エッセイ『それぞれのうしろ姿』 (4/6ページ)
おざなりに使うと、結局、言葉を殺してしまうからだ。「新しい」という言葉が指すものが、もはや新しさを失ったとき、わたしたちはその死んだ言葉を捨てて、それに代わる新たな単語を探さなければならない。実現しない空虚なスローガンを掲げ、消耗し捨てられる無数の廃墟のなかで、芸術はむしろ言葉を慎む方法を、いっそ沈黙する方法を学ぶべきかもしれない。
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ボール
ボール遊びは、いわばボールのように転がる世界を生き抜くためのレッスンだ。ボールは子供に、世の中の出来事の多くは想定外で意思とは関係なく勝手に進み、予告なしに向きを変えることを気づかせる。不規則のなかの規則性を察知してボールよりも速く動かなければ、勝利を手にできないと。負けを減らすためには、ボールのようになるべきだと。
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重力
地球と太陽と月が互いに影響を与え合っていなければ、いまのような世の中は存在しなかっただろう。引き合うことなく遠ざけ合うだけだったり、または引き寄せ合ったりするだけだったりすれば、あるいは互いに無関心で自分の殻に閉じこもってばかりいたら、私たちの日常は存在しなかっただろう。時が来れば一斉に咲く花もなく、たえず押し寄せる波もなかったはずだ。