パッと見こそ地味だけど…海苔と蕎麦の絶妙な香りを楽しむなら「花巻蕎麦」がおすすめ!

Japaaan

パッと見こそ地味だけど…海苔と蕎麦の絶妙な香りを楽しむなら「花巻蕎麦」がおすすめ!

笊蕎麦(ざるそば)と言うと、盛り蕎麦に刻み海苔などかかったものを指すことが多いようですが、よくこんなことを言う方がいます。

「ただ盛り蕎麦に海苔をかけただけなのに、笊蕎麦は100円以上も高くなる……」

だから「ぶったくり」なのだと言いたいのでしょうが、ならば注文せねばよかろうという野暮はさておき、蕎麦屋さんに言わせれば、その海苔に一帖(10枚)3,000円以上するものを使っており、一枚使えば原価だけで300円以上の上乗せです。

ざる蕎麦

(もちろん、手抜きをして安物の海苔を使うぶったくり店もあるでしょうが、そういう店は長続きしないので、放っておくのがいいでしょう)

さて、そんな笊蕎麦ですが、海苔をかけるようになった時期はハッキリしないものの、概ね明治時代の初期ごろと考えられています。

そのヒントとなったのは江戸時代からあった花巻蕎麦(はなまきそば)にあるとされていますが、さて一体どんな蕎麦なのでしょうか。

磯の花=海苔をまいた花巻蕎麦

花巻と聞いて、多くの日本人が連想するであろう岩手県花巻市……とは関係がなく、別に「かの宮沢賢治もよく食べていた……」とか、そんなことはないようです。

話がそれましたが、花巻蕎麦について書かれている江戸時代の風俗事典『守貞謾稿(もりさだまんこう)』では、このように紹介されています。

「浅草海苔を焙りて揉み加ふ。代二十四文」

【意訳】あぶって揉んだ浅草海苔を蕎麦にトッピングしたもの。代金は二十四文。

蕎麦がお決まりの十六文に対して1.5倍の二十四文、海苔が乗っただけで随分な値上げですが、それだけ浅草海苔が高級だったことが分かります。

で、これのどの辺が花巻なのかと言えば、磯の花と呼ばれた海苔をよく揉んで散らした様子が、花弁のようだったから「花をまいた⇒花巻」となったようです。

コイツを蕎麦にパラパラと……

しかしネーミングとは裏腹に、見た目は実に地味ながら侮るなかれ。そこはただ「原価が高いから、値上げも我慢しろ」だけでなく、味も満足できるプロならではの秘伝があると言います。

蕎麦屋では、海苔をただポンと乗せて「ヘイお待ち」ではなく、丼とピッタリサイズの「かけ蓋」を用意して、蕎麦の上に揉み海苔を散らしたら、このかけ蓋を乗せて2~3秒ばかり蒸らした上でお客に提供。

すると海苔はまだ湿り切らず、かつ海苔の香りが汁に移って、実に馥郁たる味わいを楽しめるのです。

これを少し楽しんでから、お好みでチョンと山葵(わさび)を添えると、また爽やかに味変も可能。彩り程度に三つ葉などを添えるお店もありますが、基本的に葱(ネギ)など独特の香りで海苔の風味を殺してしまう薬味はつけません。

あゝ、もうおしまいですよ……

「汁物では『天ぷらそば』。千人好きのものだがあまりいいもんじゃありません。どっちかといえば素人だましの代物、通人は“花巻”。いいそばで、いいしたぢで、それにいいのりをぱらりっとかける。香気もいいし味もいい。これはこののりが千金の値打なのに“なぜ薬味をつけねェ”と文句をいふ人がある。しようがないがお客だから出す。ねぎをのりの上へぱらぱらとやる。あゝ、もうおしまいですよ」

※『麺類杜氏必携』より

海苔の香りが楽しみたいから花巻蕎麦を頼んだのかと思えば、物を知らない野暮なお客が「珍しいから」何となく注文し、「せっかくカネを払った元をとろう」とばかり薬味のネギを寄越せとゴネ騒ぐ。

いやまぁ、それでも旨いには旨いけど……海苔の風味はパァである

それで食う蕎麦が特段美味かろうはずもないから、お客は「ただ海苔を乗せただけでぶったくりやがって」と不満を洩らし帰っていく……「カネを払っているンだから、どう食おうが客の勝手だ」という言い分も、まぁ解らんではありません。

しかしせっかくだったらより美味しくメシャがっていただいて、払った金額相応以上にご満足いただきたい(そして出来ればリピーターになっていただきたい)と思うのが、作り手の思いと言うもの。

ただ、最近ではそういうトラブルを防ぐためか、最初から花巻蕎麦にネギの薬味を添えている蕎麦屋さんもありました(入れるか入れないかはあなた次第ですが、出来れば海苔の香りを十分楽しんだ後に入れたがいいでしょう)。

終わりに

「へい、お待ち!」

古くから江戸三白(えどさんぱく。三つの白い食材。白米、豆腐、大根)が好まれたように、シンプルな味の中に奥深い楽しみを求めたのが江戸の流儀。カネにモノを言わせてゴテゴテと上乗せして、元をとろうなんて野暮を言っていたら楽しめません。

もしお蕎麦屋さんで花巻蕎麦を注文することがあったら、この話を頭の片隅に思い出していただけると、より楽しめるかと思います。

※参考文献:

藤村和夫『江戸蕎麦通への道』NHK生活新書、2009年6月 藤村和夫『麺類杜氏必携 そばしょくにんのこころえ』ハート出版、2012年3月

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

「パッと見こそ地味だけど…海苔と蕎麦の絶妙な香りを楽しむなら「花巻蕎麦」がおすすめ!」のページです。デイリーニュースオンラインは、蕎麦・そば江戸時代カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る