戊辰戦争、なんで敗れたか意味不明…旧幕府軍の軍備は当時の最新鋭だった!? (3/4ページ)

Japaaan

絵師不詳「太功記大山崎之図」

旧幕府軍の総大将である徳川慶喜が敵前逃亡したから敗けたのだ、という俗説もありますが、どうやらこれも戦況が劣勢だったがゆえの逃亡だったようで、因果関係が俗説とは逆のようです。

ではなんで幕府軍は敗けたのか、ということになるとはっきりは分かりません。幕府伝習隊の兵士は諸藩の藩兵や無頼の徒の寄せ集めだったそうなので、せっかくの伝習隊も活躍の場がなかったという考え方もあるようです。

もしも旧幕府軍が実力を発揮していれば、鳥羽・伏見の戦いの結果ももう少し違っていたかも知れません。

「日本の近代」は江戸期に既に始まっていた

月岡芳年『慶応四年戊辰正月三日城洲於伏見戦争之図』

つまり、私たちが明治時代以降の産物だと思っていた「日本の近代」は、実は江戸時代末期にはすでに幕府によって始まっていたのです。それは、戊辰戦争の段階で幕府がすでに「近代的」な軍備を整えていたことからも分かります。

幕府側も西欧文明を取り入れて、新しい時代に向けていろいろと準備をしていたのでしょう。

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