【明智光秀のメンタルカルテ】光秀はジキルとハイド!?ブラック労働が「本能寺の変」の引き金か (2/4ページ)
実は独裁者だった!?明智光秀の闇
「明智光秀という人物は、狡猾で残忍極まりなく、まるでその様子は独裁者。」
「唯一褒められることがあるとすれば、忍耐力があるところだけ。」
一般的な明智光秀評とは裏腹に、ここまで酷評した人物が居ます。それが、当時の世相を具に記録していたことで知られる宣教師のルイス・フロイスです。
知識人で武芸も長けた人格者の明智光秀を評したとは到底思えない程、厳しい言葉の数々が並びます。
一説によれば、比叡山延暦寺の焼き討ちが原因とも目されます。
比叡山延暦寺の焼き討ちで、明智光秀が陣頭指揮をとり、出世のきっかけともなったことに対する、一宗教者としての怒り。
それがルイス・フロイスの目を曇らせたのではないかというのです。確かに比叡山延暦寺の焼き討ちは、あまりにも残忍であると後世まで語り継がれる出来事でした。
また明智光秀は、比叡山焼き討ちの功績を讃えられ、織田信長の家臣の中で初めて居城の築城を許されるというスピード出世も果たしています。
ただ、これも全て織田信長の命によるもの。
上司の命を全うしたに過ぎません。明智光秀が使命を全うするために大量殺戮を実現した様子を、狡猾で残忍と評しただけなのか。
はたまた、大義さえあれば倫理道徳に反する行いも厭わない側面が明智光秀にはあったのでしょうか。
ブラック労働が心を蝕むもし仮に、本来の明智光秀は温厚で理性的な人格者であったと仮定した場合、上司の命令だからと残忍な行いを全うする自分自身を受け入れることは、容易ではなかったでしょう。
仕事だから、本意でないこともしなくてはならない。仕事は仕事。プライベートはプライベート。
上手に切り分ける器用さがあれば、ストレス発散しながら矛盾とも付き合って行けたでしょう。