戦国時代、クリスマスにはあの武将も一時休戦!?日本人のキリスト教受容の歴史 (2/4ページ)
この頃のイベントの内容も盛大で、複数残されている書簡から様子を伺うことができます。多くの人が教会でロザリオを使って祈りを捧げ、上演された演劇を味わいながら夜を過ごすというものだったそうです。
イエズス会の布教方法も巧みなものでした。宣教師たちは、まず大名を入信させてから次に家来を入信させるという方法を採っています。また大名の方も、貿易上の都合やヨーロッパ文化への興味などから入信し、キリスト教を保護するようになりました。
戦国時代、こうしてキリスト教徒はどんどん増えていきます。しかし南蛮貿易を行っていく中で、奴隷貿易やキリシタン大名による日本征服の企みなどが噂されるようになり、豊臣秀吉は「バテレン追放令」を発令。宣教師たちも国外追放になりました。
キリスト教禁止と明治以降の「復活」その後はご存じの通りで、キリシタンたちは「隠れキリシタン」と呼ばれます。キリシタン大名の中には黒田官兵衛の名もありましたが、彼は追放令にあわせて臨済宗に帰依し、後に如水と呼ばれています。
マリア観音、オラショ…。