坂上忍の交際宣言にいしのようこが絶縁宣言 背景に大物芸人との“三角関係”?【芸能界、別れた二人の真相】 (1/2ページ)

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坂上忍
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 タレントの坂上忍がMCを務める情報バラエティ『バイキングMORE』(フジテレビ系)の来春“打ち切り内定”が3日、ニュースサイト『NEWSポストセブン』にスクープされた。同番組は『バイキング』として、2014年4月に放送開始。2020年9月より現在の番組名に変更し、放送時間も1時間拡大でリニューアルしたばかりであった。だが、近年は視聴率低迷により、各メディアで打ち切りとの情報が何度も報じられ、さらには坂上によるスタッフや共演者への“パワハラ疑惑”も浮上。7日発売の『女性自身』(光文社)では、打ち切り説を問われた坂上が「あんな大きな番組、僕の意見って関係ない」とコメント、苦渋の表情を浮かべたと報じている。

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 いまやバラエティ番組の司会者やコメンテーターとして歯に衣着せぬ物言いが好評を得る坂上だが、かつては俳優として一世を風靡。一方で、辛酸をなめる時代もあった。

 坂上は、3歳から劇団に所属。やがて“天才子役”として名をはせたが、複雑な家庭環境のもと、両親の借金返済のためだけに子役の仕事を続けたという苦労人でもある。そのうえ、いつまでたっても子役のイメージが払しょくされず仕事が激減した時期も経験。1984年には歌手に転向したが、1988年公開の映画『クレイジーボーイズ』でのヤクザ役が転機となり、役者業に専念した。

 この頃、坂上は女優・いしのようこ(当時石野陽子)と“ついたり離れたり”する関係が3年ほど続いていたと、一部報道で伝えられている。そんな最中の1990年10月、いしの(当時23歳)が坂上(当時24歳)の自宅から朝帰りしたところを『FRIDAY』(講談社)に激写された。  

 「1985年にアイドル歌手としてデビューしたいしのは、ドラマに映画にと引っ張りだこでした。1987年からは『志村けんのバカ殿様』(フジテレビ系)、『志村けんのだいじょうぶだぁ』(同)に出演し、コメディーの才能も開花。

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