少しでも民に寄り添いたい…平安時代、臣籍降下を願い出た「明日香親王」のエピソード (3/3ページ)

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この例を見習って他の皇族たちも二世王(天皇陛下の孫で、父が天皇陛下でない皇族)の臣籍降下を進めるようになり、皇室にかかる予算は大幅に節減されたということです。

終わりに

政務に励む久賀三夏(イメージ)

なお、臣籍降下した明日香親王の長男である久賀三夏(こがの みなつ)は正五位下・信濃守、その弟の久賀三常(みつね)は従五位上・左兵庫頭として活躍。元皇族として恥じぬ奉公を果たしたことでしょう。

けっきょく明日香親王自身はは生涯皇族身分のままでしたが、常に民と寄り添い続けて三品・上野守にまで昇進、承和元年(834年)2月23日に世を去ったのでした。

長い歴史の中で、常に日本国民と共にあった皇室。明日香親王のみならず、無私に民の幸せを祈り続けられるその姿は、世界に誇る日本の宝と言えるのではないでしょうか。

※参考文献:

森田悌『続日本紀(上)』講談社学術文庫、2010年9月

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