柿はときどき化けて出た!?俳句、保存食、そして妖怪まで…日本人と「柿」の深いつながり
「柿」は俳句でも定番の題材
皆さんは、「柿」の俳句というと何を思い出すでしょうか。私は柿が大好きなので、俳句に登場するとオッと思うのですが、やはり有名どころは正岡子規の「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」でしょうか。
話によると、この「柿」というのは夏目漱石のことだそうです。子規は、友人知人を食べ物に見立てる遊びをしており、それによると河東碧梧桐は大根なのだとか。
子規の作品では、他にも「柿落ちて犬吠ゆる奈良の横町かな」「温泉の町を取り巻く柿の小山哉」というのもあります。
これらはすべて「柿」を単体で使っていますが、実は古い季語で「柿博打」というのもあります。
柿博打とは、その名の通り柿を使った博打です。柿の実を割って、中の種の数が奇数か偶数か――つまり丁半で勝負を決めるもので、さすがにこんな賭け事をする人は今はいないでしょうから、季語としてあまり使われなくなったというのも頷けます。
ところで大御所の詠んだ俳句として、松尾芭蕉の「里ふりて柿の木もたぬ家もなし」というのもあります。
そういえば言われてみると、歴史のある農村ではほとんどの家で柿の木が植えられていますね。これはなぜなのでしょうか。
柿の歴史柿が多くの家に植えられていた理由は、もちろん食用というのもありますが、柿から抽出される「柿渋(かきしぶ)」という液体がさまざまな用途で使われていたからです。
柿渋というのは、渋柿を絞って集めた汁を醗酵・熟成させたもので、防虫・防腐・防水の効果があるそうです。やや余談ですが、新型コロナウイルス不活性化の効果も確認されているとか。
食用については、皮をむいて食べるのは言うまでもありませんが、やはり柿の甘味を最大限に味わうなら「干し柿」でしょう。
今でも地方では10月から11月くらいにかけて、あっちこっちの民家の軒先に柿が吊るされるのを見かけますね。長野県や山形県には、干し柿が地域の特産品となっているところもあります。柿は、古来より冬の保存食の代表格でもあるのです。
ちなみに柿は厳密に見ていくと1,000種類以上もあり、時間が経つと渋みが抜けて甘くなる「甘柿」とそうではない「渋柿」に大別されます。そして「甘柿」は、実は鎌倉時代に突然変異で発生したと言われており、1214(建保2)年に現在の川崎市の王禅寺という寺で発見され、記録されたのが始まりだとされています。
もっともこれは「記録に残っている甘柿」はこれが最古というだけで、他の場所で以前から発生していた可能性も十分ありうると思いますが。
柿はときどき化けて出たそんな柿ですが、他のフルーツと比べるとどこか地味な感じがします。例えばスイーツやデザートと言われて、柿を真っ先に思い浮かべる人は少数派でしょう。
しかし柿がどれほど日本人にとってなじみ深い果物だったのかを示す証左として、「柿はときどき化けて出た」ことが挙げられると思います。季節のフルーツの中で、お化けになって人前に現れたという伝承が多く残っているのは柿くらいなものでしょう。
有名なのは、柳田國男の『妖怪談義』に登場したタンタンコロリン。水木しげるもタンコロリンという名前で絵を描いており、これは柿の実を放置しておくと化けて出る妖怪です。
宮城県では柿のお化けの伝承が多く、化けて出た大男が、柿の実を収穫してほしくてポトポト落としながら歩いて柿の木の下で消えたとか、真っ赤な顔の男がお尻の肉をえぐって食べろと言うのでそうしたら甘い柿の味がした、などという話があるようです。
尾籠な話ですが、柿のお化けが差し出してくるのは「お尻」だったり「柿の味がする糞便」だったりと、なぜか下ネタになりがちなようです。理由はよく分かりませんが、もしかすると柿渋は銀杏に似た匂いだというので、そこでつながってるのではないかな、と私は勝手にイメージしています。
ともあれ日本人にとって、柿はとても身近で、まるで今にも「果実をほったらかしにしてないで早く食べてくれ」と訴えてきそうな存在だったんですね。季節のフルーツは数あれど、こんな風に昔から「擬人化」されていたものは他にないのではないでしょうか。
参考資料
・柳田國男『妖怪談義』(ちくま文庫『柳田國男全集6』より)
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