目まぐるしい!神奈川県が廃藩置県から現代の形になるまでの歴史 (2/3ページ)
鎌倉市より東(都筑郡、橘樹郡、久良岐郡、鎌倉郡、三浦郡)が神奈川県、それより西(高座郡、津久井郡、愛甲郡、大住郡、淘綾郡、足柄上郡、足柄下郡)が小田原県、こうして見ると、小田原県の方が優勢?な感じですね。
やがて同年11月には小田原県が南西の韮山県(伊豆半島)と合併して足柄県となり、神奈川県は北多摩・南多摩・西多摩のいわゆる三多摩を併合しました。
これは現代で言うところの東京都23区を除く全域で、この時に町田市は神奈川県となっています。
このまましばらく時は流れ、明治9年(1876年)4月に足柄県は静岡県と神奈川県に分割され、旧相模国の部分が神奈川県に組み込まれます。一方、三多摩についてはそのまま維持し続けたため、この十数年が神奈川県の最大期となりました。