目まぐるしい!神奈川県が廃藩置県から現代の形になるまでの歴史 (3/3ページ)
「神奈川縣管下之図」より、三多摩地域も含めた神奈川県。とても広いですね。
しかし広いのは結構ですが、南端の三浦半島から北端の奥多摩町まで同じ県ですよ、と言われても、なかなか同郷意識は育みにくかったことでしょう。
その後、三多摩地域が神奈川県から東京府に編入されたのは明治26年(1893年)4月、廃藩置県から20余年をもって神奈川県は現代の姿を現したのです。
終わりに時代の変わり目とは言え、数カ月から数年で「あなたの居住地域は何県になりましたよ、何県に変わりましたよ」と言われて、現地住民はさぞや混乱したことでしょう。
今後、神奈川県の境界が変わること(必要性)はあまりないように感じますが、いつかまた町田市が神奈川県になったり、あるいはその逆(県境地域が東京や静岡・山梨県へ編入されること)があるかも知れませんね。
※参考文献:
田口学ら編『神奈川のトリセツ 地図で読み解く初耳秘話』旺文社、2021年3月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan