任務は将軍や大名のお話し相手!戦国時代から存在した役職「御伽衆(おとぎしゅう)」とは? (2/2ページ)
戦国大名はそれぞれに御伽衆がいましたが、その数は通常3~10人ほど。しかし、なかには多くの御伽衆を抱えた人物もおり、例えば武田信玄には12人、豊臣秀吉にはなんと800人の御伽衆がいたそうです。
豊臣秀吉の御伽衆には、元将軍や女池の武士、僧侶、さらには茶人にいたるまで、非常に多様な人々が揃えられていました。
御伽衆は、多くの知識や知見がなくては務まらない役割ですので、こういった有能な人々が集められていたのではないでしょうか。
落語と御伽衆主君の話し相手となる御伽衆ですが、意外にも落語と関係がありました。
というのも、戦国時代までと異なり、江戸時代になると、御伽衆の役割も少しずつ変わってきたからです。情報を伝えるよりも、おもしろい話をする役割が求められるようになりました。
そして、彼らが参考にしたのが、『醒睡笑』というもの。これは、豊臣秀吉の御伽衆であった、安楽庵策伝(あんらくあん さくでん)という人が残したユーモア集で、彼は落語家の元祖ともいわれています。
いかがでしたか?この記事が、みなさんが少しでも歴史に興味を持つきっかけになれば嬉しいです!
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