美女に化けていた九尾の狐「玉藻の前」亡骸は殺生石となり恐れられた『玉藻の前伝説』

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美女に化けていた九尾の狐「玉藻の前」亡骸は殺生石となり恐れられた『玉藻の前伝説』

平安時代の末期、鳥羽上皇に愛されていた「玉藻の前(たまものまえ)」という女性がいました。絶世の美女だった玉藻の前は、たちまち宮廷の人気者となりますが、次第にその正体が九尾の狐だと見破られてしまい、退治されてしまいました。

息も絶え絶えで朝廷を逃げ出した玉藻の前は、那須(現在の栃木県)で力尽きてしまいます。その後、恨みを抱きながら死んでいった玉藻の前の亡骸は近づくものに毒を吐き出して殺してしまうという「殺生石」となり、人々に恐れられました。

玉藻前 楊洲周延画「東錦昼夜競」明治19年 (Wikipediaより)

そこで、玉藻の前の祟りを鎮めるために、玄翁(げんのう)という名前の曹洞宗の僧侶が、大きな金槌でその石を打ち砕き、祟りを鎮めたそうです。

この玄翁は正式には源翁心昭といい、越後国出身の僧侶でした。同国の国上寺という寺で出家した後、18歳で曹洞宗に改宗し總持寺の峨山韶碩に入門して修行を積み、その後伯耆国に退休寺を開創するなど、各地で活躍していたようで、様々なエピソードが残されています。

玄翁が石を打ち砕いてからは、周辺では何事もなかったかのように人々が平和に暮らせるようになったと伝わっています。

この伝説はやがて、歌舞伎や文楽で演じられるようになり、全国的に広まりました。現在、石工が使用する、石を打ち砕くための大型の金づちを「玄翁」というのは、このとき殺生石を砕いた僧侶の名前から来ています。

この那須の殺生石、現在は周辺一帯は殺生石園地として、観光スポットになっていて、いまだに多くの観光客が訪れています。ただし、周辺は硫黄などの有毒な火山ガスが蔓延しており、ガスの噴出量が多い時は立ち入りが規制されます。

玄翁以外にも、もしかしたら身の回りの道具で、伝説が由来になった名前のものがあるかもしれませんね。

殺生石園地 アクセス

栃木県那須郡那須町大字湯本182 JR那須塩原駅西口から東野バス「那須ロープウェイ」行き、「那須湯本」下車、徒歩約3分。又は、黒磯駅西口から東野バス「那須ロープウェイ」行き、「那須湯本」下車、徒歩約3分。

参考

小松 寿雄, 鈴木 英夫 『新明解 語源辞典』(2011 三省堂)

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