映画監督・犬童一心「ドキュメンタリーは、“作りたい”より“面白いから撮りたい”」【人間力】インタビュー

日刊大衆

犬童一心(撮影・弦巻勝)
犬童一心(撮影・弦巻勝)

 一昨年まで、僕は「会社員」として映画やCMを作ってきました。僕は、あらゆるものをジャンル分けしないように生きてきたので、「会社員」という抽象的な感じが気に入っていたんですよね。でも、定年退職してしまったことで、残念ながら「映画監督」というジャンルの人間になってしまいました。

 そんな、会社員から映画監督になる過渡期の中で撮影した作品が、まもなく公開になります。それは、『名付けようのない踊り』というドキュメンタリー映画で、ダンサーの田中泯さんのダンスと生活を撮り続けたものです。

 2005年公開の『メゾン・ド・ヒミコ』という映画に出演してもらったのをきっかけに、僕は泯さんのダンスを見るようになりました。あるとき「今度ポルトガルで踊るから見に来ない?」と誘っていただいたんですが、そこでふと、「泯さんのダンスを撮ってみようかな」と思い立ったんですね。

 ただ、撮るからにはちゃんと撮らなければダメだと、ふだん一緒に映画を作っているスタッフとポルトガルへ行って、踊る泯さんをカメラに収めました。帰国して、15分ほどに
編集したものを観てみたら、これが映像作品として面白い。だから、長編にしたら、もっと面白いんじゃないかと思ったんです。

 もともと僕はダンス映画が好きで、さまざまな作品を観てきたし、ダンスシーンがあるCMや映画も撮ってきました。

 でも泯さんのダンスは、それらとはまったく違っていた。既存のジャンルに入れることができないんです。そこが、すごく面白いと思ったんですね。

 長編を作るにあたって、泯さんのダンスだけじゃなく、山梨にある彼の自宅に通って生活の仕方まで撮ることにしたんですが、これがますます面白い。

■たとえば東京で数日間の公演をやるとなったら

 たとえば東京で数日間の公演をやるとなったら、普通その間はホテルに泊まりますよね。でも泯さんは、その日の公演が終わったら片道2時間半かけて山梨に帰り、翌朝、畑仕事をしてから、また2時間半かけて東京に来る。これを毎日繰り返すんですよ。

 泯さんは40歳のとき、「畑仕事によって自らの体を作り、その体で踊る」と決めたそうなんですが、これがもう徹底しているんですよね。

 僕は「田中泯を撮る」という体験をきっかけに、ドキュメンタリーにも、作品にする面白さがあることに気づきました。

 たとえば、大林宣彦監督のドキュメンタリー(WOWOWで放送された『大林宣彦&恭子の成城物語〜夫婦で歩んだ60年の映画作り〜』)もそう。大林さんの奥様は恭子さんという方なんですが、お二人は20歳くらいで出会って以来、大林さんが82歳で亡くなるまで、ずっと二人で映画を作っていた。一言に「大林映画」と言っても、実は恭子さんがものすごく重要な役割を担っていたんです。

 ずっと僕は「大林作品は大林夫妻の映画だ」と思っていて、世界中にこんな夫婦はちょっといない。これは映像に残しておいたほうがいいだろうと思ったんです。

 取材対象の人と一緒にいると、興味がどんどんと湧いてくる。だから「ドキュメンタリーを作りたい」というより、「この人が面白いから撮りたい」というのがモチベーションかもしれません。

 今「映画監督」というジャンルに入ってしまった僕は、これからも映画を撮り続けていくのだろうと思っています。ただ、今後どういう作品を撮っていくのかは、自分自身にも分かりません。

 僕にとっては、ドキュメンタリーでも普通の劇映画でも何も変わらないですし、撮りたいと思って作るものも、オファーを受けて撮るものも、どれも面白いんですよね。

犬童一心(いぬどう・いっしん)
1960年生まれ。東京都出身。高校時代より自主映画の制作をはじめ、1997年『二人が喋ってる。』で長編映画監督デビュー。2007年『眉山‐びざん‐』、2009年『ゼロの焦点』、2012年『のぼうの城』で、それぞれ日本アカデミー賞優秀監督賞を受賞。代表作として『ジョゼと虎と魚たち』『引っ越し大名!』『最高の人生の見つけ方』などがある。

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