戦国時代の日本に火縄銃が伝わった経緯とその後の「銃規制」の顛末 (2/5ページ)

Japaaan

種子島時堯(Wikipediaより)

時は戦国時代。おそらく単なる好奇心ではなく、「これは使える」と踏んだのでしょう。彼は鉄砲を分解したり、家臣に火薬調合を学ばせたりするなどして研究を重ねます。足りないパーツなども、別の外国船に載っていた人から教わるなどしたそうです。

こうして、翌年には日本初とされる国産の鉄砲を完成させました。さらに一年後には数十挺完成させ、量産することが可能となり、「新しい武器が誕生した」という情報が商人を通じて本土に行き渡ることになりました。

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これが「火縄銃」です。その名前の由来はもちろん、火縄を使って発火するからですが、地名を取って「種子島」とか「種子島銃」などとも呼ばれたそうです。

「鉄砲」そして瞬発式火縄銃へ

それにしても素朴な疑問なのですが、それまで日本に「銃」が存在しなかったのなら、「銃」という言葉はどこからやってきたんでしょうね。

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