2つの「同一人物説」もあるほど。人生も作品も謎だらけの天才歌人・柿本人麻呂の足跡 (2/4ページ)

Japaaan

実は人麻呂の正体は『古今和歌集』に登場する猿丸大夫(生没年不明)で、宮廷の政争に敗れて死罪となったのではないか、というものです。

ただし、これは裏付けとなる資料はなく、学会で受け入れられるには至っていません。

もうひとつが「山部赤人説」です。

その説によると、こうです。――人麻呂は天皇の后と深い関係を持ったため流罪となった。しかし『万葉集』編纂のために欠かせない人物だったので、仕方なく変名させて「山部赤人」として都に戻された、というのです。

しかし、これも俗説と見なされることが多いようです。

人麻呂の名前が史書のどこにも出てこないことや、生没年不明の人物が多い奈良時代という時代の性質から、こうした同一人物説も唱えられやすいのでしょう。

沙弥島の柿本人麿碑

さて、人麻呂は公式な史書に名前が出てこないものの、国司として地方に赴任することがあったのは間違いないようです。それは『万葉集』の歌からも分かります。

その赴任先の一つに、石見国(現在の島根県)がありました。

当時、人麻呂は歳も50過ぎでしたが、しばらくすると土地の長者の娘である「依羅娘子(よさみのおとめ)」と結ばれています。

謎だらけの歌

しかし、やがて人麻呂は都に戻ることになりました。彼も、年齢的にもう二度と依羅娘子とは会えないだろうと覚悟していたのか、こんな辞世の歌を残しています。

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