妻を一晩差し出す始末…やりすぎ?源頼朝をも感服させるほどの義理堅き名将・葛西清重 (1/3ページ)
領地の取り上げも厭わぬ義理堅さ
葛西清重(かさい・きよしげ)という人は、あまり知名度が高くないものの、「目上の人にもきちんと意見が言える」という、日本人が理想とするタイプの名将です。
一方で、その義理堅さは頑固というか、行き過ぎではないかと思われる感もあります。
そんな彼の人柄を見ていきましょう。
葛西清重は鎌倉時代の人物で、源頼朝に重用された武士として知られています。
清重の父は、桓武天皇の子孫・桓武平氏を祖に持つ、秩父氏の一族で、清重はその三男でした。
もともと葛西家は武蔵国に領地を持っており、清重はその一部である下総国葛西御厨(現在の東京都葛飾区)を相続します。
葛西家と頼朝が関わりを持ち始めたのは、頼朝が平氏討伐に向けて関東で挙兵をした頃のことです。「石橋山の戦い」で敗走した頼朝は、態勢立て直しのために、関東近辺の武士に書状を送って、自分の味方になってくれる者を集めていました。
この時、頼朝が熱心に参戦を求めたのが葛西家です。
ここである問題が起きました。