「平和」という名を背負い続けて76年 改めて知っておきたい「Peace」が愛される理由 (4/6ページ)

「ローウィは1951年4月に来日。デザインの大切さを日本に説くためにやってきたそうです。そんな訪日の中で、当時の日本専売公社に訪れて日本のたばこデザインの批評を行っていました。そのときに、秋山孝之輔総裁(当時)がピースのデザインを変える動きがあるとローウィにポロっと話してしまったんです。するとローウィが『私にピースのデザインをやらせてくれないか』とプレゼンを始めてしまったそうです」(鎮目さん)デザイン界に与えた大きな影響
すでにデザイナーとしての地位を確立していたローウィとの契約は、高額なデザイン料を背景に反対の声もあったという。しかし、日本専売公社は1951年にローウィとの契約を締結。その後、9つのデザイン案がローウィから送られてきた。

「当時のたばこ のデザインは懸賞で募集して、日本専売公社のデザイン部門が修正するか、名のあるデザイナーに頼むといったことが主流でした。名のあるデザイナーだと、デザイン案を1個しか送ってこなくて、断った事例もあるものの、専売公社としては断りづらかった。しかし、ローウィは9つの試作品を送ってきて、その1つ1つに丁寧な解説をつけたんです。その中にはヨーロッパでは好まれないけど、日本では好まれる紫系の色。後に『ピース紺』と言われる色が使われたデザインが含まれていました。