他の宗派と一線を画す日本最大の仏教宗派である浄土真宗の異彩さ (3/3ページ)

心に残る家族葬

真宗僧侶で仏教学者のケネス・タナカはアメリカで宗派を問われ浄土真宗だと答えると、「クリスチャン・ブディスト(キリスト教仏教徒)ですか」と反応されたという。確かにキリスト教との類似点は多い。だが阿弥陀仏は天地を創造し、預言を行なうような人格神ではない。親鸞によれば阿弥陀仏とは真理そのもの(法性法身)が、凡人にわかりやすい形で現れた方便としての姿である(方便法身)。ここでも仏教の原理からは外れてはいない。

■肉食妻帯者・親鸞

唯一釈迦に叱咤されそうなのが肉食妻帯だろう。これは出家などできない在家の庶民でも救いの道はあると、自身も煩悩に迷い悟りなど開けなかったと自認する親鸞自らの意思表明であった。師の法然もこれを認めている。法然にとっても親鸞の妻帯は歓迎するべきことだったと思われる。仏教は貴族僧侶などのエリートだけのものではないなどと言いながら、自分たちは妻帯も肉食もせず修行していては説得力がない。親鸞の妻帯は仏の慈悲は万人に向けられていると民衆に伝えたのである。肉食についても動物の命を奪う職業である漁師や猟師への救いのエールであった。タイやスリランカなどの、出家、禁欲、修行が当然の上座部仏教の僧侶からみればとんでもない堕落に見えるだろう。それでも個人の悟りから万人の救いへの転換は仏の「慈悲」から外れてはいないといってよいのではないか。

■悟りから救いへ

念仏や極楽の概念は21世紀においては古臭さは否めない。癒しの禅や神秘の密教に比べ、スピリチュアル的な世界を好む層にも人気はないようだ。一方で終末期患者へ仏教的なケアを行う「ビハーラ」活動が最も盛んなのが浄土真宗である。この対比は個人の悟りから万人の救いへの方向性を象徴しているように思える。この特異な仏教は、今後の高齢者社会において真価を発揮していくのかもしれない。

■参考資料

■ケネス・タナカ著/島津恵正訳「真宗入門」法蔵館(2003)
■ケネス・タナカ「多様化する現代社会と浄土真宗―グローバルな視点より―」響流書房(2016)
■浄土真宗必携編集委員会「浄土真宗必携 み教えと歩む」本願寺出版社(2019)

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