【適応障害の治し方】どんな治療法で治らない適応障害に脳・無意識根源からの治し方を提供。休職の繰返し、仕事が怖い、できない…社会や職場で適応障害に苦しむ方向け (5/10ページ)
完璧主義者だった私は、より良い条件の会社に転職ができ、これから猛烈にやってやろうという意気込みでいました。
しかし、思いがけないことに厳しさも、忙しさも、ノルマも、人材の優秀さも比較にならないぐらいで、私は途端についていけなくなり、適応障害となり、転職を後悔してばかりいました。
何もかも完璧にいかず、私の未熟さ、浅はかさばかり際立ったからです。
数字に追われ続けながら、どんどんエンジンがかからず、焦ってもがいてみても、どうしようにもありませんでした。そのため、立場がどんどん悪くなり、どうこれから家族を養っていけるのか、将来がとても不安で、不安で、不眠症になり、うつ病になっていきました。
頭でわかっていても、全くプラス思考できません。
子供の顔を見てやる気を出そうとしても、全く出ず、この子たちは幸せになれるのだろうか? と不憫に思えてなりませんでした。
苦しさから抜け出したくて抜け出したくてたまらないけれど、どうしてもできず、やっと一年後、先生を見つけることができました。
まだ抗うつ薬に頼り切る前に、先生のお世話になれたことは幸運だったと思います。
【30代 精神科医 男性 不安障害・適応障害】
☆精神医学でも不可能な領域から問題を解決できる技術に敬意を表します。
施術中はひとかたならぬお世話になりました。
岩波先生の導く無意識が顕在化する世界には度肝を抜かれました。精神科医なので、知識と臨床経験はもちろんありましたし、自分自身で自律訓練法、瞑想、自己催眠も熱心に追求しておりましたが、それらが低次元で甘いものだったと痛感させられました。
先生が別次元で、先に進みすぎているとも言えると思いますが、そこまで技術を育て上げたことに敬意を表します。
その職に就こうと思ったきっかけは、私自身の無意識への興味からでした。といいますのも、親絡みの抑圧を感じ、幼き頃より生きてまいりました。両親とも真面目で、愛を持って厳しく私たちを育ててくれました。それに対して愛情を感じましたし、親を尊敬し、感謝の気持ちも持っていました。
しかし、私の偽らざる無意識での捉え方は違っていたようです。