トンデモか否か!?意外と根強く残っている「武将・上杉謙信は女性」説を整理してみる【前編】 (2/3ページ)
彼の著作には『上杉謙信は女人だった』というタイトルもあり、本人も歴史資料を綿密に調べた上で執筆するタイプの作家だったので(作風は決して硬派なものではありませんでしたが)、「女性説」はある程度の信頼性と興味を持って一般にも受け入れられました。
「女性説」が、歴史学の研究者界隈から出てきた説ではなかった点は興味深いですね。以下では、この説を支える根拠とその反論などを整理していきます。
①スペインで発見された書簡まず八切氏は、スペイン内戦の際に使用されたトレドの修道院から、15~16世紀の日本について記された文書を発見しています。
それは、ゴンザレスという人物が、戦国時代当時に日本からフェリペ2世に送った書簡で、そこには「上杉景勝は叔母が開発した佐渡の金を持っている」と記されていたそうです。
上杉景勝は謙信の姉である仙桃院の子です。つまり景勝は謙信の甥っ子にあたるわけですが、謙信には姉以外に女きょうだいはいませんでした。よって景勝の叔母というのが謙信ではないか、というのです。
これに対する反論ですが、まずこのスペインで発見されたという文書は、その実在が確認されていません。また、上杉が佐渡を所有したのは謙信が亡くなった後なので内容的にも辻褄が合いません。
②「毎月の腹痛」八切氏によると、謙信は毎月10日頃に腹痛を起こしていたといいます。