わずか6歳にして天才!江戸初期の政治家・松平信綱!その活躍ぶりと実績をたどる【前編】 (2/3ページ)
小姓を経て大名へ
さて慶長9年(1604年)、次期将軍である徳川秀忠に嫡男・家光が誕生すると、9歳の信綱は家光付きの小姓となります。小姓とは雑用係のことで、年若い少年が請け負っていました。
この頃のエピソードでも、興味深いものがひとつあります。
ある日、父・秀忠の寝殿の軒に雀が巣を作ります。
すると家光は、雀のひなを欲しがりました。
信綱は「何とかしなければ」と考え、夜になるのを待って寝殿の屋根に登り巣を取ろうとします。
しかし、誤って落ちてしまい、運悪くそれを秀忠に見つかってしまいました。
秀忠に「誰の指図で参ったか」と問い質されますが、信綱は「私が雀の巣が欲しくてやったのです」としか答えません。
うすうす事情を察していた秀忠でしたが、あえて信綱を問い詰めることにしました。
彼を大きな袋に入れて口を縛り、柱に括りつけます。そして翌朝、秀忠は再び「誰の指図か」と尋ねます。
しかし信綱は、昨晩と同じ返答を繰り返しました。
秀忠はすっかり感心して信綱を解放し、「信綱がこのまま成長すれば、きっと家光のまたとない忠臣になるだろう」と喜んだそうです。
