誰が?どのように作ったのか?インドで続々と発見されている巨大な壺の謎 (3/5ページ)
ローワー・チャイカムの密林に囲まれた畑からは、35個の壺が出てきた。
これまでに知られている7つの遺跡から発見されたものと合わせて、300平方キロの範囲から、トータル797個の保存状態もさまざまな壺が確認されている。
これらの壺は、低地を見渡せる尾根や山麓、丘などに意図的に置かれたようだ。
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image credit:Tilok Thakuria / Asian Archaeology
・壺に遺体を安置していた可能性
壺の原材料である砂岩の産地は、どの遺跡の近くにもないという。
「この大きな壺を誰が作ったのか、彼らがどこに住んでいたのかは、まだわかっていません」スコパルは言う。
しかし、ラオスの壺と同様、アッサムの壺も遺体を安置しておく道具として使われた可能性を示す手がかりがある。
ヒルズとハットンは、壺のひとつに火葬された骨の破片が残っていたと報告している。
イギリスの人類学者、アーシュラ・グラハム・バウアーは、1930年代にインド北東部に住むゼミ・ナガ族の人々と一緒に暮らしたことがあり、彼らはこれらの壺は絶滅したシエミ族が葬儀のために作ったものだと信じていたと報告している。
「このナガ族の間で、火葬した遺骨、ビーズ、その他の遺物がいっぱい詰まったアッサムの壺を見つけたことがあるという話があります」
今回、限られたエリアしか調査できていないが、アッサム州の高地の密林には、まだたくさんの壺遺跡があると思われる。