実は濡れ衣?バーサーカー 源義経、壇ノ浦の戦いで水夫を射ていなかった!【鎌倉殿の13人】 (3/3ページ)
どうやら、壇ノ浦での戦闘中に水夫らが射られたこと自体は『平家物語』などに記述があり、これを元に想像をふくらませたものと考えられます。
源氏の兵共、既に平家の舟に乗り移りければ、水手梶取共、射殺され、斬り殺されて、舟を直すに及ばず、舟底に倒れ伏しにけり。……(後略)
※『平家物語』巻第十一「先帝身投」より
源氏の兵(つわもの)どもが平家の軍船に乗り込んでいるので、水手(かこ。漕ぎ手)や梶取(かんどり。操船手)らが殺されて態勢を立て直せない……義経が命じるまでもなく、射るなり斬るなり手当たり次第に殺していたことがわかりますね。
逆に考えれば、源氏の兵たちが乗り込むまではあえて遠くから射殺すようなことはしていなかった、とも言えるでしょう。
(もちろん、お互いに矢は散々に射ているため、それが水夫に当たってしまうことはあったでしょうが)
終わりに一ノ谷合戦における鵯越の逆落としや、屋島の合戦における奇襲(暴風雨に出航して平家の隙を衝く)など、常識を覆す戦術で数々の伝説を生み出した義経。
第18回放送では「扇の的」も見られるだろうか。楊洲周延「那須與市」
だからこそ「アイツならやりかねない」という先入観があらぬ方向へ膨らんで、あえて非戦闘員を狙い撃ちにするような卑怯さも創作されたのでしょう。
もっとも、当の義経はどこ吹く風で「伝説なんて、良くも悪くもそうやって作られていくモンだから」と高笑いしていそうですがね。
※参考文献:
五味文彦ら編『現代語訳 吾妻鏡 2平氏滅亡』吉川弘文館、2008年3月 佐藤謙三 校註『平家物語 下巻』角川ソフィア文庫、1959年9月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan