弁慶の一喝で虫もビビる!コオロギの鳴き声に我慢ならなかった武蔵坊弁慶の逸話【鎌倉殿の13人】 (2/4ページ)

Japaaan

歌川国芳「英雄大倭十二士 名鐘の辰 武蔵坊弁慶」

今回は源義経(みなもとの よしつね)の家来として有名な武蔵坊弁慶(むさしぼう べんけい)のエピソードを紹介。豪傑を絵に描いたような弁慶ですが、意外に繊細なところもあったようですね。

コオロギの鳴き声がうるさ過ぎて……

時は元暦2年(1185年)5月、平家を滅ぼしたものの兄・源頼朝(よりとも)に鎌倉入りを拒絶されてしまった義経。

何とか誤解を解こうと、弁明の書状を政所別当の大江広元(おおえの ひろもと)当てに送りました。

義経が滞在していた地名(腰越の満福寺)から腰越状(こしごえじょう)と呼ばれたこの書状、その草案は弁慶が書いたと言います。

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