えっ、戦死じゃないの!?伝説の英雄・ヤマトタケルはなんとあの病気で亡くなっていた (2/3ページ)
そんな逸話が多いので、なんとなーく、戦いの最中に負った傷が元で亡くなったようなイメージをもっていましたが、実はそうではなかったようです。
古事記ではヤマトタケルは都に戻る道中、伊吹山の神の化身である猪を侮ったため、氷雨のような大雨を降らされてそれが元で具合が悪くなり、伊勢の野煩野(のぼの)というところで亡くなったとされています。
あたかもその呪いのため亡くなったように書かれていますが、そのときの体の症状が地名にもなっています。
例えば足が腫れてしまい、「たぎたぎしく成りて(腫れて凸凹して)」と嘆いた場所は「当芸野(たぎの)」、更に悪化して杖がないと歩けなくなった場所は「杖衝坂(つえつきざか)」と名付けられました。
そして「私の足が三重に折れ曲がってしまったようになり、疲れが甚だしい」と苦しんだ場所が「三重(みえ)」となりました。
確かに足が腫れてむくみ、体の倦怠感がひどくしまいには発作を起こし心臓が止まる…。衝心性脚気(しょうしんせいかっけ:ビタミンB1欠乏症による心不全)にそっくりです。
徳川家光も家定も脚気が元で亡くなりました。また、江戸時代には庶民が玄米を食べずに白米を好んで食べるようになったので「江戸患い」といわれたほど。
