気を着け、前へならえ! 学校で行われる号令による「集団行動」のルーツは幕末期にあった (2/3ページ)

Japaaan

フランス軍事顧問団の伝習兵への訓練の模様を小泉清澄が「幕末伝習隊」に記しており、そこに「号令」によって隊列を組むということを初めて習った様子が書いてあります

調練はその日から始まった。(略)およそ従来の古来兵法とは似てもにつかぬ稚児の遊びのような調練をやらされた。これは練体法というものであり、言うなれば基礎体力作りである。また、集団が号令のもと同じ動作をおこなうこと自体に意味があると顧問団の面々は陸軍方に伝えた。号令により、反射的に体を動かせるように成ればなるほど、苛烈な戦況下 で伝習兵達は戦士として威力を発揮すること になるのだと。(略)フランス語の号令とは、attention(気をつけ)、salut(敬礼)、arrêter(止まれ)などの言葉であった。


そして、田邉良輔がフランスの歩兵隊練法の書を和訳します。

そこには兵の隊列の仕方と【号令「直レ」「休 メ」「気ヲ=着ケ」】が書かれており、これが号令が書かれた最初の文書であるとされています。

表記は〈付ケ→着ケ→著ケ〉と変遷しますが、号令による集団行動は、富国強兵の一貫として学校教育の場で用いられるようになります。

しかし終戦後は、アメリカのGHQにより学校体育指導要綱が定められます。それまでの「教練」「体操」「武道」の三分野からなる「体練科」は、「体育科」として改められました。

もちろんこれは軍国主義の習わしを一掃しようとしたもので、一時期は武道である柔道や剣道も禁止となりました。文部省も1946年(昭和21年)に「気をつけ」の号令を使用不可とします。

やがて復興がすすみ、徐々にそういった規制が解除されると、1965年(昭和40年)には文部省から「集団行動指導の手びき」が出され、「気をつけ」号令は復活します。その時に「気をつけ」は平仮名表記になりました。

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