無神論国家ソビエトで弾圧に屈することなく耐え凌いだロシア正教

心に残る家族葬

無神論国家ソビエトで弾圧に屈することなく耐え凌いだロシア正教

かつて無神論国家ソビエト連邦の下でロシア正教会は徹底的な弾圧を受けた。しかし正教会は耐え忍び、ソ連崩壊と共に息を吹き替えした。現在のプーチン大統領は正教に帰依している。ロシア正教が半世紀に渡る暗黒時代にも滅ぶことはなかったのは、人間が宗教を捨てられない証だといえる。なお、東方正教会(ギリシャ正教)は、ローマ・カトリックのバチカンにあたる統一機構は存在しない。一応はコンスタンティノポリス総主教が代表的な立場だが、基本的には各国が独立している。ロシア正教はロシアにおける東方正教会ということである。

■弾圧と復活

帝政ロシアはレーニン(1870〜1924)率いるボルシェヴィキに打倒され、世界初の社会主義国家・ソビエト連邦が成立した。社会主義・共産主義は基本的に無神論である。マルクス「宗教は阿片である」フォイエルバッハの「神は人間が作ったもの」などの言葉はよく知られている。社会主義は人類平等を実現する科学であり、人知を超越する権威は認めない。そのような超越的な存在が君臨することで階級社会が生まれるからである。世界初の社会主義国家を樹立したボルシェヴィキ政権は、ロシア帝国の国教ともいえるロシア正教の撲滅に乗り出した。教会から選挙権を奪い、修道院や大聖堂を閉鎖。財産を没収し、約2千人の聖職者や支持者が射殺されたという。もうひとつの社会主義大国・中国も文化大革命によって多くの宗教者が弾圧されている。

しかし、ソ連崩壊と共にロシア正教は復活を果たし、様々な活動を再開した。閉鎖されていた教会は次々と再開され、洗礼を求めに訪れた市民で溢れた。神を求める信仰はやせ細って滅ぶどころかマグマのように煮えたぎっていたのである。科学的な社会主義が倒れ、非科学的な宗教が復活したのであった。

■レーニン廟

現在、レーニンの遺体はエンバーミング(防腐処理)を施され、モスクワ赤の広場の霊廟に安置されている。観光名所として人気が高いレーニン廟だが、撤去して遺体を埋葬すべきとの議論がある。遺体を見せ物にすること自体への抵抗や、社会主義・共産主義国家ソ連の象徴であるレーニンの神格化につながる恐れがあるなど様々な理由が挙げられているが、 プーチン大統領は保存を決定した。その理由は聖人の遺体を保存するのはロシアの伝統であるロシア正教に基づくものであり、ロシアの伝統として守っていくと主張しているという。無神論の神が本当の神になるというのは皮肉だが、そもそもレーニン廟はソ連政府の一派が作ったのである。

■聖人の遺体「不朽体」

正教では聖人の遺体、遺骨が聖堂や修道院に安置されており、「不朽体」と呼ばれる信仰対象として崇められている。聖人の遺体は腐敗せず、香の香りを放つとされる。不朽体に触れると生前の奇跡にあやかれるとされ、巡礼者は一部むき出しになっている不朽体にひれ伏しキスをするという。不朽体は天国にいる聖人の魂がかつて入っていたもので、巡礼者は不朽体を通じて、祈りを神に伝えてもらうことができると信じられている。

聖人の遺体が腐敗せず香りを放つ点について、高橋保行氏(日本ハリストス正教会)の説明をまとめると次のようになる。聖人は生前から修道生活において完全な菜食となり、さらに段階が進むと水と乾パンのみになる。稀に教会の儀礼の際、少量のブドウ酒とパンをキリストの血と体として頂くのみになるという。つまりその体は骨と筋と皮のみでできていて、死後に腐るものがない。さらにほぼ一日を通じて香がたかれる聖堂や修道所で祈りを捧げているため、体に付着するわけである。不朽体とは聖人が神に捧げた生涯の証なのである。

その魂は天国にいて、かつ身体はこの世に現存するのだからただの遺体ではないということだろう。巡礼者が神に通じる手がかりとして崇めるのは自然な感情だといえる。日本の即身仏と似ているがこちらの方がより自然に近い印象がある。一方、レーニン廟の遺体には触れることはできず、不朽体として崇められているわけではないようだ。だがレーニン廟建立の根底には不朽体思想があるように思われる。ロシア正教を弾圧したソビエトだが、宗教的感性を完全に払拭することはできなかったのでないか。

■宗教は滅びず

ロシア正教は無神論国家の支配下においても屈することなく生き延び、かつ影響も与え続けた。そして支配から解放された復活劇の様子はまさに「堰を切ったように」という表現がふさわしい勢いだったという。宗教を人間から抑え込むことがいかに不自然であるかがわかる。結局は人間がいる所に宗教が滅ぶことはない。宗教離れと言われる現代だが、生老病死の苦しみある限り宗教が滅ぶことはないだろう。庶民にとっても絶対権力者にとっても同じことである。プーチン大統領は病気との報道もされている。彼も生老病死の宿命を痛感し不朽体に触れてみれば、イエスの愛に目覚めてくれるかもしれない。

■参考資料

■高橋保行「ギリシャ正教」講談社学術文庫(1980)
■高橋保行「ロシア精神の源―よみがえる「聖なるロシア」」中公新書(1989)
■下斗米伸夫「プーチンはアジアをめざす 激変する国際政治」 NHK出版(2014)
■パウエル中西裕一「ギリシャ正教と聖山アトス」幻冬舎(2021)
■「死体はいまもそこに…『レーニン廟』撤去をめぐり喧々諤々!|『革命家をいかに葬るべきか』ロシア30年論争」(クーリエ・ジャポン 2018年1月20日配信)

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