戦国時代に瀬戸内海で大活躍した日本の海賊王「村上水軍」について紹介 (2/2ページ)
海賊の出世は極めて異例であったため、領土を受け取ったことで特別視された九鬼嘉隆は、「海賊大名」とも呼ばれたのです。
村上水軍の埋蔵金織田信長が本能寺の変で亡くなったあと、豊臣秀吉が天下を取り、1588年に海賊禁止令を発表。
村上水軍は、海賊としての活動が困難になります。
一部の水軍メンバーは毛利家の家臣となり、江戸時代には長州藩の船手組となって三田尻を根拠地に生活したそうですが、豊臣秀吉と対立したメンバーもいました。
追い詰められた末、瀬戸内海の西側にある屋代島に逃げたといわれています。そのとき、小豆島に埋蔵金を埋めたのではないかという説があるのだとか。
ただ、屋代島と小豆島は約200kmも離れているため、そんな遠くに埋蔵金を隠すのはおかしいと指摘する声もあります。
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