可愛すぎて小学校を退学!?明治末期に「日本一」と呼ばれた芸妓・萬龍(まんりゅう)の波乱万丈な人生 (2/2ページ)

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流行歌に「酒は正宗、芸者は萬龍」とうたわれるほどの評判でした。

2度の結婚をするも……

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萬龍は、1910年に箱根で大洪水に遭い、貧血で逃げ遅れそうになったところを大学生の恒川陽一郎に助けられました。翌年再会した2人は恋に落ち、やがて結婚。

しかし、結婚4年目に恒川が病死してしまいます。このとき、萬龍が再び芸妓に戻るのかどうか、世間は注目したと言います。

しかし、翌年、恒川の友人で会った建築家の岡田信一郎と結婚。彼女は病弱だった夫の漢語や、設計事務所の手伝いをしたと言います。夫は1932年に逝去、彼女は再び未亡人となってしまいました。

その後は、茶道教授となり、多くの弟子に慕われたと言います。

いかがでしたか?この記事が、みなさんが少しでも歴史の面白さに興味を持つきっかけになれば嬉しいです。

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