生きながらにして死を経験し克服するチベット密教の瞑想技法「ポワ」

心に残る家族葬

生きながらにして死を経験し克服するチベット密教の瞑想技法「ポワ」

死はすべての終わりだろうか。死んでみなければ本当のところはわからない。もし死後の世界、死後の意識の状態を生きているうちに知ることができれば死は怖くなくなるかもしれない。チベット密教の瞑想技法「ポワ」はそれを実現させると言われている。

■死の瞑想「ポワ」

チベット密教には「ポワ」(ポア)と呼ばれる瞑想技法が伝わっている。「ポワ」は死後、輪廻転生の円環から逃れることが目的である。そのために瞑想を駆使して意識を肉体から高いレベルに転移させるとする技法である。「バルド・トゥドル」と呼ばれる、日本では「チベット死者の書」の名で知られるチベット密教の経典によると、人間の身体には生命活動を司る「風」(ルン)というエネルギーがあり、「脈管」(ナーディ)という通路を巡っている。中でも会陰(肛門と頭頂の間)から頭頂を貫く「中央脈管」(ウマ)は重要な器官で、「ポワ」を修めた者は死に際し、風を中央脈管を通じて「梵孔」(ブラフマ孔)と呼ばれる頭頂の穴から放出し「解脱」させることができるとされる。簡単に言うと、私たちの死後は輪廻転生で三悪道(地獄・餓鬼・畜生)に落ちる危険がある。そうなる前に意識(魂、霊?)を輪廻から抜けるべく、高いレベル(極楽浄土?)に飛ばして逃げてしまおうというのである。

風は中国思想でいう「気」、脈管は「経絡」に相当していると思われ、「ポワ」による頭頂からの意識放出は中国仙道の「出神」に類似しているのが興味深い。

瞑想技法としての「ポワ」自体はシステマティックで誰でも学ぶことができる。「無の境地」を求める禅とは異なり、密教の瞑想の基本はイメージである。阿弥陀仏や観音菩薩などの姿を観想し、意識が頭頂から飛び出して仏の世界に向かうなどのイメージを行う。「ポワ」の瞑想が成就すると額に穴が開き、穴が空いた者にはその証としてグル(師)が穴に茎を差し込んだりもするという。

■死後のガイドブック「死者の書」

「ポワ」を成就できなかった人間は死後、風が他の脈管から出てしばらくの間は彷徨うことになる。この期間を「中有」(バルド)という。日本でも成仏する前の中間期「四十九日」が伝わっているが、チベットではこの期間の間に解脱できなければ再び輪廻転生に巻き込まれてしまうとされている。「ポワ」を修めておらず、死後バルドに彷徨っている人にはせめて三悪道に転生しないよう正しく導くために「死者の書」を読み聞かせる。臨終を迎えた者に対する「死のガイドブック」というわけである。その描写は臨死体験者の証言などとも類似しており非常に興味深い。

しかし、可能なら生きているうちに「ポワ」を学んでおく方が賢明といえる。「ポワ」を学び意識の変容が体験できれば、たとえ行が成就しなくても、死がすべての終わりではないと知ることはできるはずである。だがそのような神秘体験は脳内物質が作った幻視ではないのかと指摘する向きもあるだろう。そこはエピクロス(BC341〜270)が言うように、死後生が無ければその結果はわからないのだから、瞑想体験による主観的事実を真実として依ってみても構わないのではないだろうか。

アメリカでは「死者の書」を現代的に再編集したものがホスピス病棟やターミナルケアの場で利用されている。「ポワ」の技法がどこまで反映されているかは不明だが、病棟では瞑想も併用されているという。

■歪曲されたポワの教え

現代では「ポワ」という響きはかなり人口に膾炙していると思われる。やがて死ぬ私たちにとって大きな意味があると思われる「ポワ」だが、「ポワ」を知っている人のほとんどは全く異なる意味に置いて認識しているはずである。オウム真理教がテロ、殺人行為に対して「ポアせよ」「ポアする」などという隠語として転用したからだ。教団では殺人行為、つまり他者の生命活動を強制的に停止させることを「意識を転移させてやる慈悲行」と捉えたのである。 今や「ポワ」は殺人を意味する用語になってしまった。これはとんでもない話である。

幸いというか今の若い世代はオウム事件を知らない人も増えているようだ。曲解された「ポワ」もこのまま死語になってくれれば良いのだが、知らない故にオウム系の団体に入信する数もまた増えているとも報じられており、むしろ曲解された「ポワ」が復活する可能性もある。「ポワ」の正しい意味と知識を伝えることは、本来の意味を知る者の努めだろう。

■リアルな死後世界

死はすべての終わりか。死んだあと私たちはどこへ行くのか。死に新たな意味を持つことができるなら私たちの死生観は大きく変わる。一時期のチベットブームも落ち着き、テーラワーダ仏教やそこから派生したマインドフルネスなどが流行っているようだ。「気づき」「癒やし」などは日常生活には効果的だが抽象的観念的な印象がある。今まさに死を迎えつつある凡人には「ポワ」の具体的写実的な技法が示す、「リアル」な死後世界が救いになるのではないだろうか。

■参考資料

■「臨終に役立つポア瞑想」 YouTube(成就した者に空いた穴に茎を指す場面の視聴が可能)
■中沢新一「改稿 虹の階梯 チベット密教の瞑想修行」(1993)
■おおえまさのり『チベット死者の書99の謎』(1994)二見書房
■河邑厚徳・林由香里「チベット死者の書 仏典に秘められた死と転生」(1995)NHK出版

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