大河ドラマでも再現?7月18日に亡くなった源頼家の最期【鎌倉殿の13人】 (2/4ページ)
まったく言葉に尽くせない事件であったが、どうしてどうして(暗殺者たちに)その報いがないことがあるだろうか。人間はどれほど猛々しくとも(天のお裁きに対しては)力が及ばないのだから。
頼家が出家したのは前年(建仁3・1203年)9月7日。後ろ盾であった比企能員(演:佐藤二朗)ら一族が9月2日に滅ぼされ(比企の乱)、孤立無援となってしまった我が子を、命だけでも救おうと願う尼御台・政子(演:小池栄子)の計らいによるものでした。
頼家の無事を願った北条政子。しかし北条一族は……菊池容斎『前賢故実』より
霽。亥尅。將軍家令落餝給。御病惱之上。治家門給事。始終尤危之故。尼御臺所依被計仰。不意如此。
※『吾妻鏡』建仁3年(1203年)9月7日条
【意訳】晴れ。午後22:00ごろに頼家は出家した。病気が重く将軍職に堪えられないどころか、命さえも危ない状況であったためである。政子の配慮を受け入れ、不本意ながらこういうことになった。
このままでは身体的にも政治的にも命が危ない……政治抗争の中心であった鎌倉から遠ざけるため、9月29日には伊豆修善寺へ下向させます。