【7月第3月曜日は海の日】日本ではいつ頃どのように「水泳」が行われるようになったのか? (3/3ページ)

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泳ぎ方は「水術」「水練」「踏水術」「遊泳術」「泅水術」などが伝わっています。単なる泳法ではなく、視界を確保したままの飛び込みや、甲冑を着た泳ぎ方や戦い方、立ち泳ぎをしながら鉄砲を撃つなどの技術を磨くものでした。

競技水泳は明治末から大正時代に発達

現代の私たちに馴染みのある競技水泳は、日本においては明治末から大正時代に行われるようになりました。

明治17年には学習院に、明治24年には東京大学にそれぞれ水泳部が設立されましたが、このときはまだ日本泳法でした。欧米と同じ泳法を採用した競泳は、大正末期から昭和初期にかけて始まったようです。

その後、1955年以降に学校で水泳の授業が始まるようになりました。これには悲しい背景があります。それは、1952年に船の沈没などの水難事故で、多くの子どもたちが命を落としてしまったこと。文部省は水泳が命を守る、として1955年の学習指導要綱にプール設置と水泳の授業の採用を明記しました。

いかがでしたか?この記事が、みなさんが少しでも歴史の面白さに興味を持つきっかけになれば嬉しいです!

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