黒死病の起源はどこか?700年前の謎を古代DNAで解き明かす

カラパイア

黒死病の起源はどこか?700年前の謎を古代DNAで解き明かす
黒死病の起源はどこか?700年前の謎を古代DNAで解き明かす

[画像を見る]

 1346年から1353年にかけて、ユーラシア大陸とアフリカ大陸で、推定5000万人の死者を出した感染症「黒死病(腺ペスト)」だが、その起源はどこなのか?科学者や歴史家の間で700年近くも議論が続いていた。

 いまだに毎年、数千人もの感染者が出ているこのペスト菌だが、その遺伝的先祖が墓地に埋葬されていた遺骨の歯のDNA分析により明らかとなったという。

 『Nature』誌に発表された、新たな研究によると、黒死病の起源は中央アジア、現在のキルギス共和国にあるとする生物学的証拠が示された。

 論文の共著者で、スコットランド、スターリング大学の歴史学者フィル・スラヴィンによると、さらに、キルギス共和国のある地域で発生したペストの菌株が、今日の世界で広まっている現代の感染症の菌株の大半を生み出したことがわかったという。

 だが、多くの謎と同様、この問題もそう簡単には解決できないようだ。

・史上最悪のパンデミックを引き起こした黒死病
 腺ペストの一種である「黒死病」は、いくつかあるペスト菌の系統のひとつだ。その恐ろしい名前の由来は、感染者は全身が壊疽し黒ずんで死ぬことからついた。

 ペスト菌(Yersinia pestis)によって引き起こされ、発熱、リンパ節の腫れが特徴で、感染したノミを運ぶ齧歯類を媒介して蔓延する。

 過去のある時点で、たったひとつのペスト菌が4つの異なる菌株に分かれた。そのうちのひとつで、黒死病の原因となった株が進化した。だが、いつ、どこでこれが起こったかのかは、これまで謎だった。

[画像を見る]

1346年から1353年にかけてヨーロッパで発生した黒死病の蔓延を示す地図。 / image credit:WIKI commons・ヨーロッパで流行する前にキルギスで異様な数の墓地を発見
 世界中の研究者たちは、ペスト菌の分裂は、現代のキルギス北部国境にあるチュイ渓谷近くの天山山脈が起源ではないかと、長い間考えていた。

 その根拠は、ヨーロッパで黒死病が大流行し始めるおよそ8年前の1338年から1339年の日付が刻まれた墓石が、このエリアの2ヶ所の墓地で異様に多いことが1885年にわかり、これが手がかりになったからだ。

 これらの墓石には、シリア語で「疫病」を意味する「mawtānā」という文字が死因として刻まれていた。

 これはおそらく、この地域で疫病が蔓延していたことを示している証拠ではないかと考え、スラヴィンらがさらに詳しく調査を進める動機となった。

 墓石の印字は、大きな手掛かりになったが、これだけでは、本当にここの人々が黒死病で死んだのかどうかを証明するには不十分だった。

 そこで、遺伝子的な証拠を見つける必要が出てきた。

[画像を見る]

photo by iStock

・遺骨の歯をDNA検査
 研究チームは、古代のDNAの専門家に協力を求めた。「このふたつの墓地と関連のある人間の遺骨からDNAを抽出しました」ドイツ、チュービンゲン大学の遺伝学者で論文著者のマリア・スピロウは説明する。

 1885年から1892年にかけて行われた発掘の際に、これら墓地から数百体の遺骨が運び出され、ロシア、サンクトペテルスブルグにあるクンストカメラ博物館に所蔵された。

 スピロウらは、そのうち7体の遺体から歯のサンプルを入手した。体のほかの部分はもうかなり腐敗してしまっていても、歯には多くの血管があるため、血液を媒介とする感染症であるペストの証拠を見つけるには、最適の部位だとスピロウは言う。

 古代DNAのシーケンス技術(塩基配列決定法)を使って、3つのサンプルからペスト菌のDNAの痕跡を回復することに成功した。

 つまり、キルギスのチュイ渓谷で亡くなった人たちがペストで死んだことを確認することができたのだ。

[画像を見る]

Photo by Chelms Varthoumlien on Unsplash

・キルギスで発生したペスト菌が枝分かれして大流行
 次のステップは、チュイ渓谷のペスト菌が、黒死病やほかのペスト菌とどれくらい近いのかを調べることだ

 そのために、現代のペスト(中央アジアのモルモットやネズミなどから採取)と、黒死病を含む過去のペストのDNAシーケンスを、これまで発表されている研究成果から集めた。

 これらシーケンスを使って進化樹を作り、菌株同士の関係を明らかにして、チュイ渓谷の菌株と比較してみた。

 進化樹から、チュイ渓谷の菌株は、わずかふたつの変異の違いで、黒死病の菌株とは違うことがわかった。

 研究者は、墓石に刻まれた碑文から、チュイ渓谷の菌株の年代については把握していたため、チュイ渓谷の菌株は黒死病の菌株よりも古いことが確認でき、黒死病はチュイ渓谷の菌株から進化したに違いないという結論に達した。

 さらに、進化樹からは、チュイ渓谷の株が世界中のほとんどの疫病の祖先であることもわかった。そして、この祖先の系統から、ペスト菌は突然、4つのおもな系統に枝分かれしたのだ。

 研究者はこれを「ビッグバン」と呼ぶ。これまで、「ビッグバン」株がいつ、どこで発生したのかはわからなかったが、今回、チュイ渓谷とその周辺地域で発生した可能性を示す証拠を手に入れたのだ。

[画像を見る]

ペストに続く社会的混乱と恐怖を描いたピーテル・ブリューゲル作『死の勝利』 / image credit:public domain/wikimedia・これで黒死病の起源の謎は解決したのか?
 これで、黒死病の起源の謎は解決したのだろうか?

「そこまで拡大解釈するのには、非常に慎重になっています」と言うのは、カナダ、オンタリオ州マクマスター大学考古DNAセンター所長、ヘンドリック・ポイナー。

「株出現の日付と場所をピンポイントで特定するのは、まだなんとも漠然としたものなのです」

 ペスト菌は、5~10年に一度程度の割合で突然変異を起こし、非常にゆっくりと進化すると、ポイナーは言う。つまり、チュイ渓谷の株がほかの地域からやってきた可能性もあるというのだ。

 当時のチュイ渓谷の人々は、交易を行っていて、中央アジアやヨーロッパを転々としていた。

 例えば、西ヨーロッパへの旅の途中で、菌株を持ってきてしまった可能性はあるかもしれない。

 この株は変異が遅いため、西ヨーロッパからの株が、遺伝子的にチュイ渓谷のものと似通って見え、いつ、どこで発生したのかを見分けるのが難しくなっている可能性はある。

 こうした異論があるにしても、今回の研究は、黒死病研究者が何年もかけて解明しようとしてきた疑問へのひとつの答えとなりえるもので、黒死病発生時の歴史を理解する上で、重要なものだと、ポイナーは述べている。

 「西ヨーロッパで黒死病が流行った10年前にも、同じ地域でやはり疫病が発生していたことがわかっています。これは、黒死病の謎の重要な部分だと思います」

References:Ancient DNA offers clues as to where and when Black Death began : Goats and Soda : NPR / written by konohazuku / edited by / parumo


画像・動画、SNSが見れない場合はオリジナルサイト(カラパイア)をご覧ください。
「黒死病の起源はどこか?700年前の謎を古代DNAで解き明かす」のページです。デイリーニュースオンラインは、カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る