【三大法難その②】法然上人、齢75にして島流し!浄土宗三大法難のひとつ「建永の法難」とは? (2/4ページ)

Japaaan

しかし朝廷は、専修念仏の問題は法然の門弟の浅智によるものとし、法然にも罰は与えませんでした。

法然(Wikipediaより)

結果、その後も不満を溜めていく興福寺。

そのような状況の中、ある事件が起きてしまいます。

法然の門弟のなかに、住蓮安楽という二人の若者がいました。二人は見た目も声も美しく、ひとたび二人の別時念仏・六時礼讃(一日6回念仏を唱える行儀)が始まると多くの民衆が集まったといいます。

この、集まった人々の中に、松虫姫鈴虫姫という二人の女性がいました。

住蓮と安楽の念仏にいたく感激を受けたこの二人の女性は、実は後鳥羽上皇が寵愛していた女房でした。

そして上皇が熊野参詣で留守をしている間に、彼女たちは勝手に出家してしまったのです。

法然、流罪となる

もともと後鳥羽上皇は興福寺から専修念仏の停止を求められていた立場でした。寵愛していた女房が二人も出家してしまいひどく怒り、浄土宗を弾圧する方向にかじを切り始めます。

住蓮と安楽は斬首され、二人の師である法然は土佐に島流しになることに。当時法然は75歳でした。

九条兼実はなんとか法然の流刑を止めようと動きますが、すでに政権を退いたあとで、流刑を止める力はありません。

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