「まだ、死んでねえよ!」三遊亭円楽『笑点』復活!落語家人生を左右した事件とは? (3/3ページ)

日刊大衆

1981年に真打に昇進した円楽だが、長い間、歴史のある定席には出られなかったのだ。

「五代目円楽さんが私財を投げ売って『若竹』という自前の寄席を建てたこともあったが、長く続かなかった。今は、『お江戸両国亭』という会場をホームにしていますが、円楽さんは寄席以外のホールや演芸場で場数を踏んでいったんです」(前出のライター)

 結果的に、それが円楽の特性を育むことになった。

「落語家としての円楽さんは、いわば雑草タイプ。どんな環境にも対応できる柔軟性、多面性が魅力」(前同)

 その素養は、思わぬところでも発揮された。16年の不倫釈明会見である。

「素直に認めて謝罪し、会見の最後に謎掛けを披露。“今回の騒動とかけまして、天保銭(江戸時代の小銭)と解く。今は通用しません”。フライデーの記者に手を振ったりと、取材陣も大ウケでした」(前同)

 現在発売中の『週刊大衆』8月15日号では、円楽の師弟の絆についても取り上げている。

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