松田聖子を生んだ音楽プロデューサーが語る…若松宗雄インタビュー「歌というのは、単にうまければ売れるわけではない」 (2/3ページ)

日刊大衆

“ポスト百恵”を意識していたわけではなく、松田聖子を早く世に出したかっただけだったんです。

■四六時中、彼女のことを考える

 歌というのは、単にうまければ売れるわけではなく、歌う人に魅力があってこそ、引きつけられるもの。その点、聖子の声には透明感があり、強さがあり、娯楽性も感じられる。

 どこまでも続く南太平洋の青空が、目の前に広がったような感覚さえ覚えました。それは他のどの歌手とも違う、聖子だけが持っている資質だといえます。

 聖子は、デビュー曲の『裸足の季節』が好調で、続く『青い珊瑚礁』が大ヒット。いいかたちでどんどん進み始めていきました。 

 80年代は毎年、多くの女性アイドルがデビューした時代でした。たとえば、河合奈保子さんも、中森明菜さんもそれぞれ素晴らしかった。しかし、私はプロデューサーとして他をライバル視することはなく、ただひたすら彼女だけを見ていました。

 そもそも、当時は年にシングル4枚、アルバム2枚を出すのが普通でしたから、次どうするのか、何をやるか、それを聖子が歌ったときにどうなるのか……四六時中、彼女のことを考える必要がありましたからね。

 聖子のレコード制作に関しては、何から何まで私が決めていました。シングルの場合、『白いパラソル』『風立ちぬ』『赤いスイートピー』といったタイトルをまず私が考えて、そのイメージに合わせて作詞、作曲、編曲を依頼するスタイルでした。

 今回、そんなふうに当時自分がやってきたことを振り返って、『松田聖子の誕生』(新潮新書)という本にまとめましたが、現在はCBSソニーを離れ、自分のプロダクションやレーベルを運営する立場です。

「今の時代の歌はよく分からない」という声をよく聞きます。曲が売れるのは世相が望んでいるから。ただ、私には“もっと分かりやすい歌を出したい”という思いが強くあります。

 私は今年で82歳になりますが、その突破口を開きたい。

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