鎌倉殿を退屈させるな!『吾妻鏡』が伝える、御家人たちに課せられた新任務とは? (2/4ページ)
かつて建保7年(1219年)1月に第3代将軍・源実朝(みなもとの さねとも)を暗殺されてしまった反省から、承久元年(1219年。建保より改元)7月に新設されました。
その長官は侍所と同じく別当(べっとう)と呼び、代々北条一族から選ばれました。それだけ重要な役割と認識されていたのですが、やがて大きな戦いがなくなって世の中が比較的平和になってくると、その役割も次第に多様化。
さて、彼らに課せられた新たな任務とは、果たして何だったのでしょうか。
「鎌倉殿がご退屈あそばされぬよう、おのおの精進せよ」小侍所番帳更被改之。毎番堪諸事藝能之者一人。必被加之。手跡。弓馬。蹴鞠。管絃。郢曲以下事云々。諸人随其志。可始如此一藝之由被仰下。是於時依可有御要也。陸奥掃部助被相觸此趣於人々云々。
※『吾妻鏡』仁治2年(1241年)12月8日条
時は仁治2年(1241年)12月8日、鎌倉殿の身辺を警護・お世話する小侍所について、そのシフト表(番帳)を更新しました。
「ん、何かあったのか?」
ざわ、ざわ……いぶかしむ御家人たちに、陸奥掃部助(むつかもんのすけ)こと北条実時(ほうじょう さねとき)が説明します。
「みんな静かに。話しを聞いてくれ。今回のシフト変更について驚いた者も多いと思うが、これはチームの中に『一芸に秀でた者』を組み合わせた結果である」
一芸?それが鎌倉殿の警護に何か必要なのか?ますますよく分かりません。