【鎌倉殿の13人】暗殺?毒殺?『吾妻鏡』が伝えない北条義時の死因を紹介 (3/4ページ)
そうでなければ、義時の妻(伊賀の方)が義時に盛った毒を寄越して早く殺せ……。
これは義時の後継者争い「伊賀氏の変」に連座して捕らわれた僧侶・尊長(そんちょう。政村=伊賀派に擁立された一条実雅の異母兄弟)の証言。これを信じるならば、義時は正室(後室)伊賀の方によって毒殺されたことになります。
尊長は「なんでう只今しなんずる我等、などか人に被語て虚言はいはむ(意:これから死のうとする我らが、嘘偽りを言ってどうするのか)」と言い加えているものの、果たして信じていいものでしょうか。
病死?暗殺?義時の死因まとめ 『吾妻鏡』……病死(脚気と霍乱) 『保暦間記』…暗殺(側近による刺殺) 『明月記』……暗殺(伊賀の方による毒殺)以上、北条義時の死について諸説をまとめました。どの史料についても一長一短あり、断定はしがたいものの、筆者は恐らく普通に病死ではなかろうかと考えます。
極悪人・義時を畳の上で死なせてなるものか……そんな人々の願望?が口から口へ伝えられ、暗殺説を生み出したのではないでしょうか。