これぞ侍所別当の貫禄!御家人たちの騒動を鎮めた和田義盛のエピソード【鎌倉殿の13人】 (4/4ページ)

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終わりに

直情径行な性格で実朝に愛されていた義盛。豊原国周筆

於永福寺阿弥陀堂。被行二十五三昧。仍爲御聽聞。尼御臺所。并將軍家。同御臺所等。有御參堂。御留守之間。鎌倉中騒動。是葛西十郎爲僕從依被殺害。一族等馳集之故也。然而和田左衛門尉義盛尋問子細。相鎭云々。

※『吾妻鏡』承元2年(1208年)7月19日条

【意訳】永福寺の阿弥陀堂で二十五三昧会(にじゅうござんまいえ。念仏集中大会)が行われ、政子と実朝と坊門姫らが聴きに行った。不在の間に鎌倉(ここでは特に御所の周囲)で騒動が起こった。葛西十郎が従僕に殺され、遺族が集結したためである。しかし和田義盛が事情を尋ねた上で説得、騒ぎは鎮まったとのこと。

取り調べの結果、葛西十郎がなぜ殺されたのか、そして下手人がどうなったかなどについて『吾妻鏡』には記録がありません。

恐らく犯行の動機も単なる逆恨みか何かで、粛々と処刑された(記録するまでもない結果に終わった)ものと考えられます。

三つ子の魂百までとは言いますが、人間変われば変わるもの。NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」でも義盛の成長ぶりが見られるのか、楽しみに見届けたいものです。

※参考文献:

五味文彦ら編『現代語訳 吾妻鏡 7頼家と実朝』吉川弘文館、2009年11月

トップ画像: NHK公式ホームページより

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