鎌倉時代、鎌倉にはどのくらいの人が住んでいたのか?『吾妻鏡』の記録から推算 (2/3ページ)

Japaaan

集められた酒甕(イメージ)

その数なんと、37,274口。どう手分けしたかにもよりますが、一日でこれだけの数をカウントできたとすれば、相当段取りがよかったはずです。

あるいは予て調査を指示していた報告の集計が完了したのがこの日だったという可能性もあります。

ともあれこの酒甕の数から世帯数を割り出し、世帯数に1~5人(平均2.5人)をかけると当時の鎌倉にどれだけ人が住んでいたのかを推測できるという次第。

一口しか(あるいは一口も)酒甕を持っていない世帯もあれば、一世帯で何口もの酒甕を持っているところもあったでしょうが、酒甕の平均所持数を3~5口(平均4口)と考えると人口が推算できます。

37,274÷4≒9,318世帯×2.5人≒23,295人

非常に大雑把ではありますが、13世紀の鎌倉(※現代の鎌倉市より少し狭い範囲)には約23,000人が住み、約9,000世帯が軒を連ねていたようです。

※ただしこれは「酒甕を持っている人口≒庶民」の数であり、武士たちについては規制の対象だったのかどうかも含め、その実数は把握できていません。また、男女比や年齢分布も分かったら興味深いですね。

酒甕は一家に一口だけ!

天晴。沽酒禁制殊有其沙汰。悉以被破却壷。而一屋一壷被宥之。但可用他事。

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