元プロ野球選手・岡崎郁インタビュー「病気になった初めて野球が好きと気づいた」感謝の気持ちを持ち続ける人間力とは? (2/2ページ)

日刊大衆

そのうえ、ドクターストップもあり、許されたのは球拾いや草むしりぐらい……。はたから見たら「つらいだろうな」と同情されたかもしれませんが、3か月以上そうした生活を続ける中で芽生えた感情は、正反対のものでした。

 それまでは練習がつらくて、嫌々やらされているような感覚だったんです。でも、そうした状況に追い込まれて初めて、「今年でクビだろうけど、練習でもいいから野球がやりたい。俺、野球が好きなんだな」と思えるようになったんです。

 そんなとき、当時のイースタン・リーグには、残りの約10試合のみ練習生が出場できる制度があったので、僕も出場可能になった。そこで久しぶりに打撃練習をしてみたら、驚くほどボールが飛ぶようになっていたんです。療養のためもあって、体重が90キロまで達してしまったんですが、その分、パワーがついていたんですよね(笑)。

 実際、イースタン・リーグで打率4割、4本塁打をマークできましたし、クビも免れました。それどころか、翌1985年には、2月の1軍キャンプに抜擢されたうえ、オープン戦での活躍が認められ、念願の開幕1軍入りを果たせたんです。

 それ以降1軍に定着し、日本一やリーグ優勝など、さまざまな経験を積むことができました。これは、病気になったからこそ、意識が大きく変わったのは間違いありません。野球ができることや応援してくれる人たちに対する感謝、「野球が好きです」と言える幸せに気づくことによって、僕の野球人生もどんどん上向いていったと思っています。

 現役引退後も、解説者、巨人の指導者やフロントなど、野球でごはんを食べさせてもらいましたし、ずっとお世話になってきました。どこまで野球に恩返しができるか分かりませんが、僕には野球しか経験値がないだけに、残りの人生もそこに付随した活動を続けていきたいですね。

岡崎郁(おかざきかおる・崎はたつさき)
1961年、大分県生まれ。大分商業高校の中心選手として1979年の春と夏の甲子園に出場し、1980年、ドラフト3位で巨人に入団。1985年から1軍に定着し、勝負強いバッティングと堅実な守備で内野手のレギュラーを獲得。1996年に現役を引退。野球解説者などを経て、2006年以降、巨人の1軍ヘッドコーチや2軍監督、スカウト部長などを歴任。現在は、自身のユーチューブチャンネル『アスリートアカデミア』を運営するなど、豊富な経験や知識を生かし、野球に関する情報を発信している。

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