『#真相をお話しします』が提示する「今という名のミステリ」結城真一郎インタビュー(1) (3/3ページ)
読みやすくはなったのかな…。デビュー直後に、たとえばアイデアとして「三角奸計」のストーリーを思いついていたとしても、書いてみたらもっと冗長になっていたでしょうね。
あまり実感はないですが、情報を整理して書いたり、状況を端的に表すというところは上達しているのかもしれません。デビュー作の単行本を読み返すと「何だこれ?」って思う部分もありますし。
――小説を書くときに念頭に置いていることについて教えてください。やはり読者を「騙す」と言いますか、「驚かせる」ことを目指して書いているのでしょうか?
結城:あえて第一義が何かと言われたら、「風呂敷をたたみきる」ことです。
「こうしたら読み手は驚くだろう」ということより、作中のあちこちに書いたことが最後に結実すること、「これ、最後に伏線回収できるの?」というところまで風呂敷を広げても、最後にパズルがきれいにはまって一枚絵が完成することに注力していますし、そこが自分の持ち味だと思っています。自分も読書をしていて楽しいポイントもそこだったりするので。
――風呂敷を広げる時はたたむ時のことを考えているんですか?
結城:「最後にたたんでこの形にする」と決めてから広げています。無茶に広げてたたみきれなかったことは今のところはないです。
想定外の展開で、これまで見えていた世界がガラリと変わるという「どんでん返し」も大切にしたいですが、それと同じくらい「きれいにたたむ美学」も大切にしたいんです。
――読者が一緒に謎解きを楽しむことも想定されていますか?
結城:いろいろな読み方をする方がいると思うのですが、自分自身ミステリを読む時は謎を解いてやろうと身構えては読まないタイプなんですよね。
もちろん先を予想したり、謎を解こうと考えながら読んでいただくのもいいですし、ストーリーに身を任せて読んでいただいてもいいのですが、どちらかというと後者の方向けに書いているところがあります。
仮に本気で謎解きをしながら読もうとなった時に、この本の作品の謎を全部解けるかというとそれは無理じゃないかと思います。というのも、冒頭から情報を丁寧拾っていけば排他的に一つの解が出てくるという書き方はしていませんから。どちらかというと、流れに身を任せて読んでいただいて、読み終わった後に「ああ、だからこうだったんだ」と振り返って楽しめるスタイルに近いかもしれません。