人間の生死や禍福を司る神として信仰の対象となった北極星と北斗七星

心に残る家族葬

人間の生死や禍福を司る神として信仰の対象となった北極星と北斗七星

西洋占星術など天空の星々と地上の人間の間には照応関係にあるという古代の思想はよく知られている。東洋では特に夜空に一際輝く北極星と北斗七星が人間の生死、禍福を司る神として神格化され厚く信仰された。

■死と延命を司る神

北極星は天を見上げるとひとつだけ動かない星である。古の人たちは北極星を軸に空が動いていると考え、古代中国では宇宙の中心にいる最高神・北極紫微大帝、天皇大帝などと呼ばれ信仰された。その北極星を周回する北斗七星は北辰(北極星)の乗り物で、やがて北極星と同一視されるようになる。人々の生死や福過を支配する神とされ、北斗七星に祈ることで延命長生を得ようとする呪術、祭祀が伝えられていった。三国志演義には余命を悟った諸葛孔明が五丈原で火を灯し、北斗七星に延命を祈る場面がある。
一方で生を司る星が南斗六星、西洋でいう射手座である。北斗南斗は北斗星君、南斗星君という生死を司る神として神格化された。ある神話では仙人から自分の寿命を残りわずかだと聞いた若者が北斗南斗を訪ねると二神は碁を打っていた。若者が干し肉と酒を差し出すと、夢中で碁を打っている南斗がそれらを飲み食いした。気づいた南斗が礼に寿命を伸ばしてくれたという。長寿祈願に供物を捧げる行為を物語化したものだといえる。

■日本の星神信仰

星神信仰は世界で散見されるが太陽信仰の強い古代日本では星・星座に対する信仰は薄く星神信仰は盛んではなかった。古事記・日本書紀には太陽神=天照大神を頂点とする八百万の神々が描かれているが、星の神は日本書紀に「天津甕星」(アマツミカボシ。別名・香香背男)が登場するのみで、しかも古事記には出てこない。その天津甕星も強力な悪神とされている。

日本の神々は死の穢れを嫌う。それは太陽信仰の故ではないだろうか。農耕文化である弥生以降の日本人にとって太陽こそは生命の根源そのものだった。太陽信仰から見れば古代における夜は闇そのものであり死の世界である。収穫に影響を与えず闇の空を覆うだけの星の神を悪神としたのも理解はできる。一方で高松塚古墳や横山古墳、キトラ古墳に北斗七星などの天文図が描かれていることは有名である。日本の星神信仰は太陽信仰=天照大神を奉じる大和政権に敗れた非征服民族の信仰形態の名残でもあるのかもしれない。

6世紀頃から中国の道教思想や陰陽思想などが日本に入り込み陰陽道として確立する。陰陽道の核は天文術、つまり星の動きから国や貴人の運命を読み解く技術である。ここから星神信仰が浸透してくるようになった。天皇が元旦に国家安寧、五穀豊穣などを祈る祭祀「四方拝」では北斗七星への祈りが組み込まれている。

伊勢神宮の伊雑宮で行われる御田植神事では高さ9メートルに及ぶ巨大な扇が立てられるが、この扇には「太一」と書かれている。太一は古代中国で北極星が神格化された神名である。太一は北斗七星に乗って宇宙を循環すると言われる。太一は天照大神、北斗七星は神宮外宮の祭神・豊受大神と「神仏習合」を果たして、伊勢の神事に取り込まれたという。なお「淮南子」には太一神を信仰すれば不老不死になれると記されている。そして仏教では北極星・北斗七星は妙見菩薩という仏神となった。

■妙見菩薩

北斗七星は北極星と同一視され仏教に取り入れられて「妙見菩薩」「北辰妙見大菩薩」などと呼ばれ信仰を集めた。現代でも「妙見さん」として庶民からも親しまれている。菩薩という名称だが如来の弟子としての意味はなく仏教の外部から来た神なので本来は「天部」に属する。仏教諸宗派の中でもとりわけ日蓮宗との関係が深い。日蓮の前に妙見菩薩が現れたという伝説もあり、日蓮宗系寺院には妙見堂や妙見宮が祀られている。「能勢の妙見さん」として知られる妙見信仰の聖地「能勢妙見山」も日蓮宗寺院である。日蓮宗との関わり以外にも妙見信仰は日本では数少ない星神信仰の形として膨大かつ複雑な歴史があり、表の太陽信仰に対する裏の信仰形態といえるだろう。

裏といえば邪教とされた天台宗の異端「玄旨帰命壇」では、生命は北斗七星から生まれ北斗七星に帰ると説く。男女が交わると北斗のうちの 2星が下り、胎内で結合してあらゆる生き物になるという。妙見菩薩の神秘的解釈という趣きである。仏教の死生観においても北斗七星は重要な位置を占めているのである。

■星に願いを

都会では稀になってしまったが、満天の星空を見上げると宇宙の広大さや悠久の時を実感する。宇宙に比べれば個人の人生などあっという間である。人は死んだら星になるという。ポリネシアの人々は死ぬ前に、自分が死んだらあの星に生まれると好きな星を選び、安らかに死んでいくそうである。太陽が輝く青空が躍動する生命の世界なら、星の輝く夜空は死と再生を祈る静謐な世界といえる。冬の夜空を見上げて北極星と北斗七星に思いを馳せてみてはどうだろうか。

■参考資料

■拙稿 宇宙飛行士が体験する宇宙飛行の前と後で変容する宗教に対する意識
■吉野裕子「陰陽五行思想からみた日本の祭―伊勢神宮祭祀・大嘗祭を中心として」弘文社(1978)
■吉田光邦「星の宗教」淡交社(1970)

「人間の生死や禍福を司る神として信仰の対象となった北極星と北斗七星」のページです。デイリーニュースオンラインは、社会などの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る