「鎌倉殿の13人」破れて砕けて裂けて散るかも…第39回放送「穏やかな一日」振り返り
「鎌倉に穏やかな日々が訪れています。本日は承元2年から建暦元年に至る4年間、この鎌倉で起こるさまざまな出来事を一日に凝縮してお送りいたします」
……との事で、承元2年(1208年)から建暦元年(1211年。承元5年)の4年間、着々と横暴さを増していく北条義時(演:小栗旬)。
クライマックスに向けて、視聴者を振り落とさんばかりに悪役度を高める主人公こそ、三谷幸喜が描きたかった義時なのでしょう。
そんな義時をなすすべなく追認する鎌倉殿・源実朝(演:柿澤勇人)は、その胸中を和歌に託して北条泰時(演:坂口健太郎)に託すも……。
NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」、第39回放送は「穏やかな一日」。穏やかなのはあくまで表面だけ、義時に不満を募らせた御家人たちが、和田義盛(演:横田栄司)を反北条の旗頭に担ぎ上げることになります。
いわば嵐の前の静けさ。4年間を1日に凝縮した第39回放送を、さっそく振り返っていきましょう。
順調に悪役への道を突き進む北条義時「小四郎のやつ、親父を追い出した途端やりたい放題だ」
和田義盛がそう怒るのも無理はありません。前回「牧氏の変」で父・北条時政(演:坂東彌十郎)を追放して以来、義時は専横の限りを尽くしています。
自身は相模守(国司)、弟・北条時房(演:瀬戸康史)は武蔵守に……かつて時政がやろうとして畠山重忠(演:中川大志)の抵抗と御家人たちの反感を招き、失脚に追い込まれた武蔵国の掌握を、ちゃっかり義時は進めてしまいました。
何なら「父親の政治生命と引き換えに武蔵国を手に入れたのではないか」とさえ思えてしまいます。
挙げ句「父上を殺していれば、御家人たちは震え上がって従っただろうに、助けてしまったのは自分の甘さ」と言い放つ始末。
今まで猫でもかぶっていたのかと思ってしまう豹変ぶり、それでも主人公かと言いたくなるような傍若無人ぶりで、視聴者の心を激しく振り飛ばしていきますね。
かくして順調に亡き源頼朝(演:大泉洋)以上の恐怖政治を進めていく義時ですが、やっぱり時にはくつろぎたくなるもの。
以前の義時であれば、その癒しを妻(八重、比奈)に求めていたところですが、今度ののえ(演:菊池凛子。伊賀局)はその役に堪えないようです。
「行ってらっしゃいませ」
夫の前でだけは甲斐甲斐しい良妻賢母を演じる彼女ですが、義時がいなくなれば我が子(後の北条政村)を下女に押しつけます。
演技なのかどうか、子役の政村が母親に懐いていない様子が、あまり愛情を受けていない≒のえがよい母親ではないことをよく表しているようでした。
さて、家を出た義時が癒しを求める先は長男・北条泰時のもと。ごろりと寝転がり、我が家のようにくつろぎます(そこでくつろがれても困るんですけど……)。
平盛綱と改名、ちゃっかり御家人に成り上がった鶴丸「いつまでも鶴丸(童名)では具合が悪かろう。諱(いみな。実名)をつけてやろうか」
義時が鶴丸(演:きづき)に与えた名前は平盛綱(たいらの もりつな)。泰時の家司として活躍した御家人で、その子孫は鎌倉幕府の内管領として得宗家をもしのぐ権勢を誇ります。
「鎌倉に(かつて源氏に滅ぼされた)平家ゆかりの者がいる。これこそ天下泰平を表しているではないか」
前に太郎が「天下泰平の泰」をとって頼時から泰時に改名させられたことを受け、これで泰平が揃いました。
盛は平家一門の通字(例:平清盛、平宗盛など)、綱は太郎を助ける命綱。「縄のようなもの」よりはるかに頼もしいですね。
……ちなみに、これらの設定はフィクションです。平盛綱はれっきとした平家一門の末裔(『尊卑分脈』によれば平清盛の曾孫)に当たりますが、まぁその辺はドラマの都合でご了承下さい。
で、せっかくだから御家人にして下さい!との要望を受けた義時は(自分の権勢を持ってすればゴリ押しできる)と呼んでこれを請け合います。
「今日の弓射大会に紛れ込んで、いい成果を出せたらかけ合ってやる」
張り切った鶴丸改め平盛綱は、果たしてチームの勝利に貢献。泰時と抱き合って喜びますが、これを嫉妬?した実朝は、目ざとく盛綱の存在を訝りました。
(日ごろから御家人ひとり一人をよく見ていて、紛れ込んだ見慣れぬ盛綱に違和感を覚えたのでしょうが、泰時への思いを知ってしまうとどうしてもそう見えてしまいます)
実朝をお飾りに祭り上げ、権力を振りかざす義時(イメージ)守川周重筆
そして義時の要望(盛綱を御家人に取り立てる件)を一度は毅然と拒否したものの、義時は「私はもう要らないようなので、伊豆に帰っていいですね」と脅しをかける始末。
「私が間違っていた」
可哀想に、まだ10代の実朝はすっかり動揺して義時の要求を聞き入れてしまいました。
「鎌倉殿が一度口にしたことをくつがえしては政の根本が揺らぎます。以後、私のやることに口を挟まれないように」
とんでもない話ですが、時に鎌倉殿の周りには基本的に誰も控えていないのでしょうか(あまりに一対一で話すことが多いので、セキュリティ面でも違和感は否めません)。
初登場から父に疎まれがちな北条朝時さて、義時が心を許せる太郎に対して、どうも可愛く思わないのが次男の北条朝時(演:西本たける)。前室・比奈(演:堀田真由。姫の前)との間に生まれた子です。
「ひどい女子(おなご)に引っかかってしまって……」
実朝の元へ側室候補として召し出された“よもぎ”(演:さとうほなみ)に手を出して捨てたらしく、更には御所の女房(こっちが本命の模様)にも手を出したとか。
「どういうつもりだ。御所にお仕えする女房に手を出すとは」
父親らしく叱りつける義時。でも考えてみれば、義時だって比奈(『吾妻鏡』では御所に仕える女房・姫の前)に対して、似たような(何なら一年以上もしつこく恋文を出し続けるという、より悪質な)ことをしています。
父や兄にコンプレックスを持ちながらも、後に活躍する朝時。『義烈百人一首』より
「父上から、どうか鎌倉殿にとりなしていただけませんか」
当時、義時は頼朝に取りなしてもらって姫の前との結婚にこぎつけたのです。恐らく朝時はそれを母から聞いたのでしょう。
しかし、義時は息子の願いを鼻で笑います。
「フッ……軽々に私を頼りおって。お前には父を超えようという気概はないのか」
偉そうに宣いますが、じゃああなたが今の朝時と同じ年ごろ(10代後半)の時、あなたはお父上を超えようとなさってましたっけ?とお訊きしたいところです。
まぁ、この辺りの描写は「未熟だった昔のことなどすっかり忘れ、権勢に驕っている」義時の傲慢さを表現しているのでしょう。
自分にまっすぐ楯突いてくる(でも、自分の存在を脅かすことは多分ない)泰時は可愛い一方、自分の存在を恐れて卑屈な朝時は気に入らない義時。
あまり可愛がられて来なかったため、ずっとのえ(実際にはその下女)の元で育てられた朝時は、母親と違いあまり品の良い人物には育ちませんでした(その辺りも、義時が疎んじる一因なのかも知れません)。
干し果物?をつかみ取って頬張る朝時。「下品な人は嫌い」と辟易する“のえ”に対して、初(演:福地桃子。矢部禅尼)は「母上は上品な方でしたけどね」と一言。
これは「育ての親≒のえに似たのだろうよ」という遠回しな皮肉。この二人は、いいコンビ(意味深)になれそうですね。
三善康信の穏やかなひととき「お前はいつも、逆にしてみろと言う」
今日も今日とて三善康信(演:小林隆)の指導を受けて、和歌のお稽古に励む実朝。
【実朝の詠んだ和歌】
今朝見れば 山もかすみて 久方の
天の原より 春は来にけり【康信による添削】
久方の 山もかすみて 今朝見れば
天の原より 春は来にけり
確かにその和歌は、康信の言う通り「久方の~」を頭に持って来た方が奥ゆかしく感じられます。
しかしそこへやって来た源仲章(演:生田斗真)。京都でも高名な歌人・藤原定家(ふじわらの ていか/さだいえ)より実朝の和歌にコメントがあり、康信のアドバイスが裏目に出てしまったことを知らされました。
「これからは定家殿が和歌の師匠。今後、余計な口出しをしないでもらおうか」
いかにも仲章らしく意地悪な物言い……ですが、上方の人間にしてはいささか直截に過ぎるような気がしないでもありません(康信と二人きりならともかく、鎌倉殿の御前でこういう態度は見せない方が得策)。
和歌の指南役を外されてしまい、力なくしょげ返る康信。しかし実朝は康信を優しく励ましました。
「私に和歌の面白さを教えてくれたのはそなただ」「これからも、私を助けて欲しい」
自分だって大変でしょうに、10代でここまで他人を気遣うことができるなんて……実朝の人格者ぶりに、ついわが身の10代を恥じ入ってしまいます。
ところで、藤原定家は話題に上るだけで鎌倉殿の本編には登場しないのでしょうか。まだチャンスはありそうですが、今後に期待したいですね。
また、仲章は(現時点で鎌倉の権力者≒朝廷のため最も力を削ぐべき)義時に「私はあなたの味方です」などとぬけぬけ申しておりました。まったく世の中「私はあなたの味方」という言葉ほど信用ならないものもありません。
義時の「かたじけない」というセリフに「お前など信じていないが、とりあえず体面上礼は言っておく」というメッセージが滲んでいるように感じられます。
穏やかじゃない和田義盛と三浦義村「変わっちまったなぁ、鎌倉も、お前も!」
上総介(国司※)に推挙してもらう話をつぶされ、更には実朝に対する「ウリン(羽林)」呼びも禁じられてしまった和田義盛。
(※)原則として介(すけ)は国司の次官ですが、上総国は親王任国(皇族が名目上の国司となる国)であるため、介が実質的な国司(長官)となります。
かつて上総介広常(演:佐藤浩市)が頼朝に対して「ブエイ、ブエイ(武衛)」と親しく呼んでいた時代が遠く過ぎ去ってしまった寂しさを実感します。
「古株の御家人をないがしろにすると痛い目を見るってことを、思い知らせてやる!」
昔気質の振る舞いが御家人たちの人気を集めている義盛。さすがはバカ……ずを踏んでいるだけあって、その強さは今や坂東随一(他の強豪たちは、軒並み滅ぼされました)。
「……確かに」
和田義盛と巴御前。かつて戦場で見えた二人の幸せな日々に、終わりが近づきつつある。歌川国芳筆
巴御前(演:秋元才加)と三人で鍋を囲む三浦義村(演:山本耕史)も、義時に守護職を奪われそうで不満を募らせています。
今まで義時の盟友として協力してきましたが、今回の件はあんまりです。国司(北条一門ら)はそのままで、守護職(義村ら御家人たち)は2年ごとに配置換えして力を削ぐ。
どこまでも北条一族だけがいい思いをする義時のやり方は、まるで「平家にあらずんば人に非ず」と、かつての平家を彷彿とさせるようです。
ちなみに、八田知家(演:市原隼人)が(いつものように胸元をはだけながら)大工仕事をしながら「北条じゃないと、国司にはなれねぇのか」と政子(演:小池栄子)に伝えるシーンがありました。
しかしこの時点で知家は筑後国(現:福岡県南部)の国司(筑後守)を務めているなど、決して北条だけが権力を独占していた訳ではありません。念のため。
穏やかとは全く無縁な源実朝冒頭、疱瘡(天然痘)から奇跡の回復を見せて政務へと復帰した実朝。一時は命の危険もあったとのことで、万一のことを考えた跡継ぎ問題が言及されます。
既に正室・千世(演:加藤小夏。坊門姫)を迎えているのに、数年経っても寝所は別々。男女には相性があるので、ならば側室をと勧める乳母の実衣(演:宮澤エマ。阿波局)。
和田義盛「声の大きな女子(おなご)は、情が深いんだ!」
実衣「聞いてません!」
どうしてもその気にはなれないけど、仕方なく「声の大きな女子」を所望した実朝。で、召し出されたのが先ほどの“よもぎ”でした。しかし、意中の相手は。
「返歌を詠んで欲しい。楽しみにしている」
そう言って和歌を渡した相手は、北条泰時。和歌の心得がないことに加え、詠まれたテーマが恋とあって、泰時は困惑してしまいます。
春霞 たつたの山の 桜花
おぼつかなきを 知る人のなさ【意訳】竜田山(生駒山地の南方に連なる山々)の桜が春霞に隠れるように、病にやつれた(疱瘡であばたが出来てしまった)私の顔を、どうか見ないで欲しい。
随分と遠回しながら、泰時を思い恥じらう実朝の様子が目に浮かぶようです。確かにこれを贈られたら、泰時としては返歌に困るでしょうね。
さんざん悩み抜いた挙げ句「渡す歌をお間違えでは」ということにして、歌を返納した泰時。「間違えてしまったようだ」悲しくやさしい笑いを浮かべる実朝の表情は、実に儚げでした。
先ほどは義時に「間違えた」と言わされ、今度は泰時に「間違えてしまった」と言わざるを得ない状況に追い込まれた実朝。義時と泰時が実に似た者であることを、別の角度からも感じさせます。
では、今度はちゃんとした歌を……と贈り直したのが冒頭の一首。
大海の 磯もとどろに よする浪
破(わ)れて砕けて 裂けて散るかも【意訳】大海原より磯に打ち寄せる波は、破れ砕け裂け散るのだ。
一見すると雄大な自然を謳いながら、実は失恋の悲しみをストレートにぶつけたのでした。よく恋愛で「当たって砕けろ!」などと言いますが、まさに砕け散った実朝の心をこれ以上なく詠んだ一首と言えるでしょう。
※ただし、これは大河ドラマの解釈(創作)であり、実朝が泰時に密かな思いを寄せていたことを裏づける史料は令和4年(2022年)時点で発見されていません。念のため。
いや、これはこれで……春霞よりも返歌に困ってしまいますね。もし皆さんが同じ状況なら、実朝に何て詠み返しますか?泰時が慣れないヤケ酒を呑んでいたのは、やがて和田合戦で二日酔いの醜態を演じる伏線でしょうか。
ちなみに実朝の痘痕(あばた)面について、和田義盛が「味があって、こっちの方がいい!」と豪快に笑い飛ばしていましたが、筆者も同感です。
美しくつやつや輝くお肌も素敵ですが、男性はちょっとくらい傷やら皺やらあった方が、くぐり抜けた人生の深みを感じさせます。どれほど肌は傷もうと、だからこそ却って眼の輝きが引き立とうというもの。生き方は眼に出ます。
逆に言うと、どんなに表面ばかり取り繕っても、眼光の濁りは隠せないということでもあります。念のため。
次週・第40回放送「罠と罠」そして出家により善哉(演:高平凛人)から改名した公暁(こうぎょう。演:寛一郎)。実に成長著しいですね。
以上、第39回放送「穏やかな一日」を駆け足でたどって来ましたが、ついて行けそうですか?義時に。
主人公に共感できない作品は観ていて辛い、という意見もありますが、これは今までの大河ドラマにあまり例を見ない新境地を体感する絶好のチャンス。是非とも最後まで義時の悪逆ぶりを目に焼きつけたいところですね。
さて、次週の第40回放送は「罠と罠」。対立を深める北条義時と和田義盛。「無数の和田義盛」が御所にやってきたのは、きっと泉親衡(いずみ ちかひら)の乱で捕らわれた甥の和田胤長(わだ たねなが)を釈放するよう要求する場面でしょう。
いよいよ避けられない両雄の衝突。史実ではほぼ一方的に義時が義盛を罠にかけて(挑発して挙兵に追い込んで)いくのですが、果たして三谷幸喜はどんな「罠」を視聴者に仕掛けるのか、今から期待が高まります。
※参考文献:
三谷幸喜『NHK大河ドラマ・ガイド 鎌倉殿の13人 完結編』NHK出版・2022年10月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan